【馥郁(ふくいく)の力】 【瓦礫(がれき)】
11月 15

 高度経済成長で 人口増加が進み 起伏のある城山を切り開き 住宅団地を造成した。

削り採った土砂は 市内を流れる川伝いに配管を通し 海岸を埋め立てた。
 
 山を削り 造成された団地には 新しく生徒を受け入れる校舎が完成した。
それまで通っていた麓の小学校から 山の上への引っ越し作業が始まった。
 机だけは大人たちが 車で運び上げ 座る椅子は 生徒自ら 自分たちで抱えて運んだ。 
距離にして約1kmだが 路線バスさえ通らない急傾斜の坂だ。子どもたちは 時間をかけ
て運び上げた。 皆 最初のうちは遠足気分で楽しがり ハシャイデいたが 坂のきつさに
立ち止まり 椅子に座る生徒が続出。やがて渋滞を作ってしまい なかなか新しい校舎までは
辿り着かなかった。

 ようやく半日かけて 学校の引っ越し作業は 無事終了した。
翌日には平常通り 授業も再開され 新しい校舎には 子どもたちの声が響いた。
まだ砂利石も残る 充分に整地されていない校庭ではあったが 皆 楽しく走り廻った。

 
 新校舎にも慣れた頃 担任の先生から話があり 『校庭の石ころ拾いをやろう』と提案が
出され クラス全員でやる事になった。

 最初は 広い校庭にクラス全員が散らばり 好き勝手に石を拾い集めていたが 
誰かが「これじゃあ 何年かかるかわからない」と言いだし 再度クラス会議がもたれ

討議された。 不平不満の声が上がった。
「仲良し同士だと 無駄話ばかりして 拾うことをしないから 班を作りやろう」となり 
「広過ぎる敷地を 効率的にしかも 満遍無く拾い集めるには 区分けした方がよい」との
意見で 日程を決めて 広さを区切った。 
「目標を立てながら 拾い集めたほうが 楽しいはずだ」との声で 校庭の石拾いは再開された。

 独自に始められた 校庭の石拾い作業は 他のクラス 学年へも伝わり 
参加者は一気に広がり 休み時間を使いながらの作業は ついに全校生徒に波及した。 

高学年の生徒は 低学年の年下の生徒を 教えながら一緒に作業する。 
一か月もしないうちに 校庭の石拾いは終了した。

 再び担任の先生との話がもたれた。 今でも根っこに植え付けられている。
『人間って勝手なものだよ いつも坐らせてもらっている椅子も 運ぶとお荷物になって

煩わしい。 みんなで遊ぶ校庭も 遊んでいる時には 広さは感じないけど 
石を拾うと なんでこんなに校庭って 広いンだろうって思う』 

 小学生時代 毎日欠かさず書いていた 担任の先生との交換日記。
その中に 赤鉛筆で記されてある 恩師の筆跡が残る。
 小生はいま一度 この国に対して 往年先達たちの教えに戻らしめ
国の主軸たるは何なのかを 問いかけたい願望が ほとばしるほどある。
 人の姿勢を生み出す郷中教育は 今でも根っこに 植え付けられている。

公園となった 小学校跡地。

椅子を抱えて運び上げた 小学校跡地。

嘗て 鶴丸城を守る裏山の城山は 防御のため武士を配置し 山城が形成され そこは 夏蔭城と呼ばれた。

   嘗て 鶴丸城を守る裏山の城山は 防御のため武士を配置し 
山城が形成された。 そこは多くの樹木に覆われ 涼しい所で 夏蔭城と呼ばれた。

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