この土地の話を 少し記そう。
鎌倉時代 源頼朝に仕えた丹後の局。 頼朝の愛を受け二人の間に子が生まれるが 頼朝の御台所(正妻)政子の嫉妬を怖れ 丹後の局は遠く鎌倉の地より船と陸路を使い ここへ移り住んだという伝説が残る。 その時 丹後の局はこの辺りの景色が 鎌倉の地形に似ていることに驚いたそうだ。 実際この辺りには 鎌倉にある七社を分霊し祀った神社が方々にあり その内の一つ 社(やしろ)の名前は鶴岡八幡宮である。
湯之元駅西側の踏切を渡り 「鶏の刺身屋」を過ぎ上へと昇る。 長く急勾配の傾斜が続く坂道は 歩く人の姿はめったに見られず たまに行き交う車も 下から登るスピードは止まってしまうのではないかと思うほどの坂道だ。 木々に覆われた斜面 その僅かな隙間から眼下の町を見下ろせ 風 薫り 光り降り注ぐ美しい眺めである。 曲りくねった急坂の道 長い一本道がようやくゆるやかになると 遠くの山並みまで見渡せる開墾畑が広がる。 右手には茶畑が見え始め 農免道路へ突き当たり右折する。日当たりのよい傾斜地に数個の集落が見える。 周囲を高い杉の木が取り囲み 小さな畑が点在している所に行男さんの家はある。
玄関を覗くと 例の如く小振りの伝言板に 見慣れた『畑です』と書かれた文字。
来た道を後戻りして 行男さんのいる畑へと向かう。そこは杉の木立を伐採し 土を均(なら)して耕作し 先祖代々受け継がれた土地に行男さんはいた。 朝日と共に目覚め 昼間はこの畑で野菜作りに精を出し 日没になると家路に就く。 自然の中での営みを 生まれた時からここで続けてきた。
藁を燃やし 霜除けの準備に没頭している背中から声をかけると「ほおーう ようやっと蔓棚が出来上がったあ」と云って 炭に塗れた顔を綻ばせた。 せっかく来たのだから 家でお茶でも飲んで行けと誘われ もう一度家まで戻る。
日当りのよい玄関の前で待っていると 行男さんがお茶を持ってきて「これなあ 波布茶(はぶちゃ)だから 身体にいいぞお 何杯でも呑んでけ」と勧めた。
出されたのは ハブソウの種子で決明子(けつめいし)を炒った薬用のお茶 健胃薬にもなり解毒の効果もあるのだと教えてくれた。
ほのかな香りが香ばしく 行男さんは緑茶に混ぜて毎日飲むという。
野良仕事をしない時には 火を熾(おこ)すための薪を採りに山へ入る。 集めた薪を束ね 山に生える金竹(きんちく)を削いで結び天秤にして担ぐ山鉾棒に突き刺して運び出す。 持ち帰った薪は 焚き上げ具合の用途によって分け 納屋にうず高く積み上げられている。近くには温泉もあるのだが 湧水を引いてきて その水で湯を沸かし毎日風呂に入っている。
「夜なあ 湯船につかって窓を開けると 月明りに照らされた山並みがさあ なンとも云えんのよお」としみじみと語ってくれる。
庭を彩る木々に花々は すべて行男さんの手により丹精込めて育てられたものばかりだ。
その中でも 一際異彩を放つものは「おきな草」という可憐な花。 地面から僅かな所に花芽を付けて 白く柔らかな毛で覆われ 白髪の翁を想起させることから「おきな草」の名前が付き 絶滅危惧種に指定されているらしい。
「ほら そこンとこにも 芽が出てきよった」と指差す先 玄関へ入る坂道の石垣塀の下に「おきな草」花壇がずらりと並ぶ。綿毛に覆われた新芽は 節分を過ぎ暖かな陽射しに誘われ 小さな蕾を覗かせていた。
「花芽がつくだろ そしたらこの子ら ほんの少しだけ背が伸びる。 でもな その花芽が出ても みんな下を向いたままなンだ。暖かくなって蕾が花開きだして ようやくこの子らは顔を上げる。 そこンとこが たまらなく意地らしいちゅうか たまらンねえ」
そう云うと行男さんは 「おきな草」の柔らかな綿毛を優しく撫で上げた。
私は この行男さんの歩んできた人生はわからないが 一緒に居させて貰うだけで ありがたい。 生活の中に生きる知恵があり 物を生み出す創造力は 自然から学び取っている。
「なーンもお 慎ましやかな生き方だあ」と言い放つ行男さん その表情は実に清々しく また逢いたいなと思ってしまう。





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