5月 16

   東京で生活している頃には とても感じなかった。

いまは日本の南の果て 端っこの南国鹿児島薩摩に居ると 思議と日本全体 国の事を考えてしまうのは どういう訳だろうか。

 鹿児島  取分け薩摩の歴史を振り返ると 日本の諸地域と比較して何か根こそぎ違う感じがする。 南国特有の風土なのか地域性なのか 正確には人の血筋という蓋が 日本という大きな窯の枠に治りきれず 当てはまっていない様に思えて仕方がない。 ただし現代においては 中央政権に絶対服従で 良いとこのボンボンまがいな首長を選んでいる様ならば お上へならえの疚しい県民性に成り下がり どこの地方ともそれほど違いはない。  

  

  だが そんな中でも かつて足繁く通い 街中で多くの実り多き御縁を頂いた大阪が 骨の髄から変化の兆しを求め模索している。 全国でも 今の大阪は別格であり 胆略を備え かつ主観性を持って進んでいるのは 実に嬉しく頼もしい。

 

  その他の地域と 幕末期以前の薩摩が明らかに違うのは 過去五度にも渡り日本そのもの(中央政権に対し)へ “大規模な戦争を 本気で仕掛けて挑んだ前科”があるという事実だ。 こんな土地柄は他には無い。

  

  20年以上前立ち上がった市民活動団体「サークル・ダルメシアン」は なお地道に活動を続け 新たに「虐待心理研究所」を設立し  複数の研究員と共に “#武士道心理学”の旗印の下 狼煙を上げた。 立ち向かう相手は「新型コロナウィルスでもなければ 経済経済とほざく輩」でもなく“虐待の連鎖”を引き起こし 高圧的で高飛車な目線の奴らだから覚悟せよ。