3月 29

「前略 北の大地樣 2008夏(後編)」~感謝 感激 やはり北海道 富良野は素晴らしかった~

 今回なぜ 北海道の富良野を目指したのかに触れる。
 九州は鹿児島に知覧(ちらん)という土地がある。そこは 昨年TV放映されたNHK大河ドラマ「篤姫」が幼少期育った指宿(いぶすき)の近く。海から聳える開聞岳(かいもんだけ)を望め 美しい海岸線は 自然からの安らぎと生命(いのち)の洗濯をしてくれる土地柄だ。 
 この知覧にはかつて飛行場があった。 
 第二次世界大戦末期 零戦と呼ばれる戦闘機に 片道だけの燃料を入れ 敵陣めがけ決死の覚悟で体当たりする 特攻隊を送り出す飛行場 特攻基地だった。 今も その時代を忘却する事のなきよう 跡地には平和の願いを語り継ぐ為「特攻平和館」が建つ。 
  展示品の中には  当時の若き特攻隊員達の想いや心境を綴った「愛の手紙」がある。その切実な文面を読むと 言葉にならない想いが涙となり込み上げて 心深く刻まれている。
 この地は東シナ海 紺碧の大海原を望み温暖な気候で 農業が基幹産業だ。畑では多くの農作物が育ち 緑色の絨毯を敷き詰めたような茶畑の景色も広がる 知覧茶の産地としても有名な所。 友人知人も多数農作業に従事し 小生の父親もかつて 農業改良普及員時代によく訪れていた。

 以前そこの人参畑で収穫作業を手伝った時の事である。
 南国の溢れる陽射しを浴びて育った人参は 文句無しに甘く美味い。だが 生産者が丹精込め育てた人参も 販売製品規格外のもの(等級及び見た目)は 土から引き抜いた時点で棄てられていた。 その現実を知った時 どうしても納得がいかなかった。
土の中で一生懸命育った人参は たとえ形がいびつであろうが 規格にあてはまらなくとも それは人間の勝手な都合であり 生命を無駄にしている事が耐えられなかった。
 海から屹立(きつりつ)とした雄姿の開聞岳を眺めながら よじれて棄てられている規格外の人参を手にしていると 儚く散って逝かれた 若き特攻隊の生命とがたぶってしまい 何とか活かす手立てはないものか思案試行錯誤の結果 人参生産量日本一を誇る北海道は富良野の現状を 電話と手紙のやり取りで確認した『富良野の場合 農作物の耕地面積は他よりも遥かに広く 人手不足も補うため大半の農家は大型機械化されており 作付に収穫作業まで人の手による作業は皆無に等しい。収穫作業もハーベスターと呼ばれる大型収穫機で人参を土ごと掬い上げる為 規格品内外問わず まとめて工場へ持ち込み選別作業に入る』という事だった。手紙と電話だけのやりとりだけでは 現状把握と打開策は不十分な為 意を決し現地を訪ねる事にしたのだ。

 富良野へ発つ前までに取材した先は「農林水産省・都府県の行政機関・各自治体・農業関連のNPO法人・現農業従事者・農業関連OB・企業独身寮管理人夫妻・首都圏商店街運営者・消費者・物流担当者」に至る。 その声の中 販売する側の問題点も浮き彫りとなった『仮に規格外の人参が市場に出回った場合 安定供給していた決して高くはない人参相場に 規格外の低価格品が持ち込まれると 確実に値崩れを引き起こす心配もある』と懸念する声や『たとえ形が一定なものでなくても 野菜に変わりはない。土が付いたものは養分が守られて鮮度も高いはずだし 葉っぱも付いていたらさらに使い方もある』と云う商店街運営者の声もあった。

 

 鈍行列車の旅三日目 早朝の苫小牧駅出発し 札幌経由で午後3時過ぎ ついに念願の富良野へ到着。
 滞在期間一週間の中での稔り多き出会いのひとつは 富良野農業改良普及センターの担当者との面談に 人参生産農家への訪問だった。 
 面談させて頂いた農業現場の声は『棄てられている人参を活かす その想いは素晴らしく 出来る事なら規格外の人参を売りに出したいが 現状の少ない人手でこれ以上手間と経費をかけるなど 到底不可能 今が精一杯で・・・』と切実なコメントだった。
 自転車持参 雨靴に作業着の旅姿で 上富良野の人参農家との面談を終え 真っ直ぐな道を自転車で走る。後ろから野菜満載のトラクターに追い越され 立ち止まった。農家の実状を確かめた上で 打開策を見出そうとした旅ではあったが そこにあった農業の厳しい現実はやはり根深く 我一人足掻いてみたところで 到底太刀打ちできるようなものではなかったのだ。

 藁をも掴む思いで 富良野の森に住むひとりの偉大な翁の所に 失礼を承知で知恵を頂きに上がった。
 そこは かつて小生が若き日 森の入口まで出向き寸前で迷った挙句 独学の決意を覚悟し引き返した森だ。
 今回小生の無礼な訪問にも関わらず 快く受け入れて下さった翁。中学生の頃より敬慕し 偉大な背中を追い続けてきた自分にとって翁の真っ直ぐに見つめ語った『続けなさい』の一言は 原点に立ち戻してくれた言霊(ことだま)だった。
 有り難い富良野からの風を感じながら空知川を渡り 新たなる決意を湧き起こしてくれたのは 24年ぶりに訪れた北の国からだった。