Archive for 12月, 2012

【第21回いじめ・虐待防止フォーラムの報告】

岡田ユキ
【第21回いじめ・虐待防止フォーラム】

市民活動団体サークル・ダルメシアン主催による「第21回いじめ・虐待防止フォーラム」が、平成24年10月25日(木)新宿区大久保地域センターで開催された。
今回は特別講演として、サークル・ダルメシアン代表である岡田ユキが「いじめの原因と解決策~大津いじめ・自殺事件より岡田式AC判別法解説」を語り、その主な内容として“躾と虐待の違い・いじめと虐待の違い・いじめの原因とは”と称し、実体験を基に改善教導への方向性を、解り易く紐解いた。

垣内裕志

会の冒頭、事務局長を務める垣内(かいと)裕志より、これまでのサークル・ダルメシアンの活動内容報告と、現代社会のおける“いじめ虐待問題”に対する客観的意見が述べられた。
垣内事務局長「約18年前の1996年、“子どもサポートフォーラム”の分科会に端を発し、電話相談をスタートした。 2000年にはFMラジオ局の“かつしかFM”で[みにくいアヒルの子どもたち]という番組を制作出演。 2004年には“虐待死をまぬがれて”という体験者の声を小冊子として配布。 私たちが取組むサークル・ダルメシアンの活動を続けてきた中で、“いじめ虐待問題”が潜む社会的(特に行政部門)構造上の問題点と矛盾が浮き彫りになった。 例えば、火災の時に出動する消防隊員になるには、過酷な訓練を受け専門技術を身につけ、日常も体力維持に尽力し、ようやく人命を救う仕事に就けるのが現実だ。 “いじめ虐待の問題”もこれとまったく同様で、生命を救うことに変わりはないにも関わらず、相談窓口である行政部署に携わる担当者は、2年程経過すると担当替えでいなくなる。更に新任としてこの部署に配属される担当者は、全く畑違いの担当者がくるので、生命に関わる問題を限りなく無知な状態のまま、担当初日から対応せざるを得ない状況が繰り返されている。 この行政上の問題も“いじめ虐待問題”を複雑化してしまった要因の一つで、行政の内部に専門家が育たない負の構造組織を作り出している。 児童相談所へ相談にきた被害者を、被害者だと判っていたにも関わらず安易に帰し、救えず結果的に死に至らしめ頻繁に起きている事件は、当然の結果である。 “いじめ虐待問題”を本気で取り組もうとしていない今の行政組織・児童相談所の担当者は、決してこの道の専門家ではないのである。
これまでのサークル・ダルメシアンの活動は、一般の人々が気軽に来場できる雰囲気作りを心掛け、2004年には第1回のシンポジウムを開催した。 [かつしかFM]で続けたラジオ番組では “いじめ虐待問題”を底辺部分にまで理解して貰おうと、岡田ユキ独自の番組構成で取り組んだ。 活動の一環として、定例ライブや岡田自身が歌を通して訴える音楽療法も取り入れながら、多くの人にこの問題をより身近なものとして感じて頂けるように、また虐待に関わっている人が、相談し易いようにこちら側から一歩踏み出す形で活動を続け、各メディア・その中でも読売新聞は、積極的に記事掲載取り上げて頂いた。
2007年には台湾出身の方が、岡田ユキの著書[みにくいアヒルの子どもたち]を読まれたことをきっかけに、台湾での講話依頼の申し入れがあり、台湾の教育関係者・医療従事者・行政担当者・政治家との交流も始まった。

岡田ユキ

特別講演 岡田ユキ
「いじめの原因と解決策~大津いじめ・自殺事件より
岡田式AC判別法解説」 (躾と虐待の違い・いじめと虐待の違い・いじめの原因とは)
「この会(サークル・ダルメシアン)を発足しようと考え出した頃(約20年前)の社会情勢は、名古屋のある中学生が、いじめから自殺へ陥ったという報道が取り上げられた頃だと記憶する。 当初このフォーラムの開催時間は昼間行っていたが、活動運営に関わるスタッフも仕事や家庭を抱えながらである為、最近は夜の開催時間帯で行っている。 運営内容は、よりアットホームな進行を心掛けているので、時間の許す限り疑問や質問あるいは相談事も、この場で解決できる的確な助言提言が出来ればと考えている。」

【我が息子、学校でのいじめに遭う】
当時小学2年生に上がった一人息子を抱え、京都から東京へシングルマザーとして上京した時の出来事だ。 経済的にも環境的にも困惑しながら、東京での生活を始め暫く経過した頃、転校生として希望に胸膨らませ楽しく通っていたはずと思っていた息子が、日増しに表情が暗くなり言動も粗暴になりだした。 次第にクラスの友人たちを恨むようになり、「級友は皆死んだらいいんだ!」と言葉に出す程までエスカレートしていった。
学校での様子は良く分からなかったが、すぐに担任へ連絡したところ逆に「岡田君は何か不満でもあるのか!?」と質問され困惑した。 担任には「当然息子の抱えている日常の問題は、親の離婚に関西から関東への転籍で環境変化もあり、混乱しているはずだから不満や悩みもあるだろう」といった事を返答したら「母親である私の仕事環境や、対応の仕方の悪さが息子に出るのは当然だ!」というように母親の私を激しく責め立てた。 かといって「私自身が責められるのはよいが、今問題を抱えている息子を解決できる術はないのか!?」問うても、担任教師は「私には解らない…」といわれるだけであった。 同様に学童保育内でも、行動に暴力的な面がみられるとの問題指摘があり、相談結果は全く同じ対応をされ母親としての行き場がなくなってしまった。 家に帰り息子に対し「しっかりしなさい!!」と叱責することしかできなかった私だった。
人の親として息子の直面した問題を、解決し助けられるのは母親である私しかいない!と考え、母親なりに分析した結果、息子が育った関西圏での文化風土環境が原因によることに気がついた。

岡田ユキ

【私なりの対応策】
関西の生活環境は、“お笑い(大阪漫才)の世界”を理解して頂くと判り易いと思う。関西のお笑いは関東と違い“ボケと突っ込み”で落として成り立っており、日常的にこの“ノリ”が一般的会話の中にも使われている。 明るい性格の息子もこの影響を多大に受けて育ち、友人との日常交流も何のこだわりもなく自然な行為として“関西系のノリ”を学校でもクラスメイトと繰り返していた。 ところが、東京へ移った息子の場合早く関東人に溶け込もうとして、このノリを関西弁ではなく東京弁(標準語)口調で突っ込み、おまけに相手の肩を叩く“ツッコミ”や小突く仕草をやった為に「叩かれた!暴力を受けた!」という風に粗暴な級友だと認識されだした。 息子の“うけを狙った親しさ願望“に反比例して級友たちは、次第に異質な転校生のレッテルがエスカレートしていき、息子は悪役側に立たされた結果孤立状態となり、クラス内でいじめの対象となってしまった。
息子はコミュニケーションのつもりで体を触る行為をしていても、“関西のノリ”で接してくることに慣れていない級友たちは、息子に一方的に殴られたイメージしかない感覚であったと思われる。 東京弁で冗談をいう息子に対して、周囲は嫌悪感だけが募っていった構図がみえてきた。
この気付きを基に私は、転校して間もない息子の運動会で、新参者の母親だったがクラスの父兄との人間関係も解らぬまま、その場へ一気呵成に飛び込んで行った。 会場にいるクラスメイトや、その父兄の好奇な目線を感じつつ不安なまま私のとった行動は、大胆にも敢て関西弁を強調し“関西系のお笑いノリツッコミ”を連発し、漫才風におどけてみせた。 その状態で子どもたちに接したところ、その場が一変して受け入れられ一躍人気者扱いされ、「おばさん!おもしろい!!」の声が上がった。 彼らに「おばちゃんもおもしろいやろうけど、この岡田クン(我が息子)もみんなと仲良くなりたいと思って、君らに接したけど東京弁で話してツッコミとかしたから、ちょっと乱暴な風に思われたンよ」と説明したところ、一気に息子の周りには輪ができ、クラスメイトの中に一瞬にして溶け込むことができた。 息子がようやく受け入れられた現場に居合わせられた出来事だった。
―――この時考えたことは、もし息子に対するクラスのいじめが長い期間であったら、他の児童を傷付ける行動や自分自身を傷付ける行為、あるいは自殺にまで追い込んでしまう状況に陥っていたかもしれないと痛感した。 子どもという存在は、一瞬にして理解するものである一方、理解できない対象については“残酷な刃”を向けることを認識自覚して頂きたい。 幼い子どもをお持ちの親御さん方が、子どもの世界の現実をどれだけ知っておられるのか?、目を向けられているのか?、疑問符を付けられずにはいられなかった19年前の出来事だった。 私の活動の根幹、世の中社会に対して投げかけてきた“いじめ虐待問題”の防止活動を地道に取組んできたきっかけでもある。
―――子どもによるいじめの根本原因は、極めて小さく些細なことの積み重ねで、親にとっては日常の1コマに過ぎないだろうが、子どもの世界で起きている現実は、非常に大きな影響が発生している。 すべての親は、自分自身の事として子どもに寄り添う目線を、常に心掛けて頂きたいと切に願う。 学校現場の児童数が近年小規模になり、担任教諭の目の届く範囲が多少は余裕ある状況にはあるだろうが、生れた場所や育ってきた環境の違う生徒児童は、多様な考え方見方・思い込みで異質なものを受け入れないことがある。指導される教師は、それまでの常識に当てはまらない児童への対応の仕方を、自分の身を守る事ばかりを優先せず一歩踏み出す勇気をもち、今より以上に勉強して頂きたいと、一人の母親として苦言を呈したい。―――いじめ問題は社会の中で、メディアの過剰なまでの報道や、本質を見極めようとしない視点で、視聴者側も踊らされている部分があるので、冷静かつ自分の問題として受け止めて頂きたい。

岡田ユキ

【躾と虐待の境界線】~岡田式AC判別法とは~
私がカウンセリングする時、社会を形成する人を下記の3パターンに分類して分析診断している。 自己の目標達成度合いを大まかに50%達成の人、100%達成の人、200%達成の人として分けて観る。
これらは、一般的に100%目標を達成した人を“普通の人”としておき、周囲からみて50%しか達成していないのに、自分では充分に目標達成し満足に浸っている人。一方、通常より以上200%もやりすぎて到達してしまう人といった具合である。
―――この3分類に至った背景は、かつて私が母親から受けていた、いじめに苦しんだ経験から見つけ出したものである。 知人(友人)と会話する中で、私と同様に辛い体験を話した内容に私が同調するも、逆にその知人は「いや、それ程じゃない…、そこまではなかった…」と言い始め、私の体験とのギャップを感じるようになった。 これまで友人だと思い接してきた人が、次第に私の母親から受けていたような言動行動が目立ち始め、やがて私のなかに、???疑問符が浮かびあがってくる事が繰り返された。
自己達成度合い200%タイプの人は、いくら頑張ってみても親から褒められる事はなく、逆にもっと今以上に頑張りを求められる状況を作り出された人で、AC(アダルトチルドレン)と呼ばれる人である。
自己達成度合い50%の人は、過保護に甘やかされて育った人。 自分の責任範囲で事を成すべきところを、周りが責任を取ってしまうので、自分の責任がどこまであるのか根本的に解っていない人である。 周囲にはうそつきな人と思われるが当の本人はうそをついている認識はまったくないのである。

【3パターンの人が育った環境過程】

資料
※100%達成の人

100%の目標達成度合いの人は(普通一般人)、0歳(誕生)から成長していく1年毎の階段を、1つずつクリアーしながら大人へと成長していく。この過程においては、厳しさ甘さを経験していく上で、責任というものも親から教育されて育つ(=躾)。

資料
※200%達成の人

200%タイプの人は、100%タイプの育てられ方の人とは真逆で、階段を1段ずつ、あるいは突き飛ばされて階段を降りて成長?していく。 これは子どもが成長していく上で知らなくてもよいことを、日々“負の教育”を学習させられて育つ。 その具体的事例は、まず自己の全否定を日常的に繰り返される(暴力もある)。 下りきった階段のどん底から、自力で這い上がりようやく社会組織のスタートラインに到達し、そこから大人の社会の階段を登らなければならないので、二重の負担が身に降りかかってしまう。
―――虐待を受けて育った人の苦しさというのは、成長という階段を一般とは逆に下りきった底辺部分から、もう一度0になる階まで昇る経験を、自ら社会組織にもまれながら、“欠落された愛情を体験しつつ”行かねばならない辛さの部分にある。

資料
※50%達成の人

自己達成度合い50%の人の場合、成長してきたスピード・あるいは1段1段上る階段の長さが長く、中途半端な形で社会に出されているため、厳しく接しなければいけない。これは残りの50%の成長不足部分の階段を、教え経験させる必要があるからである。 教え諭す時、もし思いあまって手を上げる(叩いたり)といった行動をすることがあったら、本人には叩いた原因と説明を納得出来るまでする必要がある。この種の人間の反応は、叩かれたことに対して、言葉での反撃行為が異常に激しく、親は手を出しずらい。 過保護すぎるので、かまって貰いたいために家出をしたり、自殺めいた言動を発し周囲の気を引こうとするので、ある程度放任させる事も必要だ。本人の行き場がなくなったら必ず帰ってくるタイプである。

―――これに対し200%の人は、幼少期から悪いことを仕込まれているのと、日常的に暴力(虐待)を受けて育ってきたため、叩かれること自体当たり前だと認識しており、すべて自分が悪いものと思っている。私がそうであったように、生れて来たこと自体を否定されていた。

岡田ユキ

【私の育った家庭環境】
私の実家がある京都。 そこで西陣織の職人をしていた父親がいた。
母親は仕事を手伝い私の上に兄が二人いた。 この兄二人は当時母親のいとこが家事全般を任され、兄たちもこのいとこに育てられた。 両親待望の女の子である私が生まれたが、母親としては初めて経験する子育てを、私が生まれたことによりやることになった。 だが娘に対する愛情というものは母性のなかった母親には、すべてが苦痛の対象でしかなく、残念ながら母親としての資格が彼女にはなかった。普通の親であればようやく誕生した待望の女の子を大事に育てるはずだが、幼い私に向かって両親は「お前が生まれる時は難産で、私らを苦しめた…、だから悪魔の子や」だと言われ続け私は育った。私の母親は50%タイプの人間である。 自分が産んだ子を自分の責任として育てる機能を発揮せずに、事ある毎に娘のせいにする母親であった。 幼少期から自分が生れたこと自体を、親から悪いと言われていたので、逆に娘としては親のことが大好きで、“どうしたら褒めてもらえるか”いつも考えていた。しかし母親に対して「どうしたら褒めてくれる!?」と投げかけても「自分で考えよし!」(「あなた自身で考えろ」の京都弁)の一言で片づけられ、常に自分の中では「?」の状態が心の中に充満していた。
友人ができた時も「ユキちゃんは、ええ人やから仲良くしようね」とか言われ接しようとされても、母親からは「お前は悪い人間や!」と言われ続けて育ったので、突然友人から良い人だと言われても、「えっ!?私って良い人なの???」と自分の存在がどっちなのか疑問であった。

―――こういう状態であったため、200%タイプの人に接する場合は、しっかり本人の存在人格を、認めてあげるように心掛けて欲しいと思う。 虐待を受けて育った人は、自分が苦しい思いをしているにも関わらず、他人に救いを求める術(言葉も行動も)すら知らない。生れて一週間くらいして虐待ということが起こっているので、他人との関わり方自体、どのようにすればよいのか学習できていない人である。

会場参加者から質問
『今の話を伺ってお聞きしたいのですが、親が意識しているかどうか解らないが、躾と称して虐待する子どもを作る現実は悲しい…、だが誰が気付いてその欠落した愛情の躾をするのでしょうか!?』

質問に対して岡田の解答
「私の所にカウンセリングに来られる方も、今の御質問と同じ疑問をもたれる。誰が欠落した愛情の躾を行うかという問題を、皆さんが抱えておられる。通常であれば親が行うべきはずの躾が出来ていないから、相談先はカウンセラー(臨床心理士)か精神科医に出向かれているのが現状である。

―――だが相談先を注意しないと、逆に危ない状況に変えられる危険性がある。仮に相談先が精神科を受診した場合、診察されて診断結果処方される投薬により、さらに違う問題が引き起こされることに気付いてほしい。 精神科医がどのようなタイプかというと、50%タイプの傾向が強い人が多くみられる。 前項で説明した内容の、責任をとらずに育った精神科医師の多くは、薬を与えるだけの責任で片づけ、それまでに至った本質を見極める治療がなされていないからだ。

―――200%タイプで育った人というのは、それまでに育った家庭環境が、両親・兄弟姉妹・親戚・祖父母といった一種の同族派閥として形成された中にいて、いわゆるグルの状況下にある。 このグルの中では一人をいじめてしまう状況が作り出される構図。よって身内と切り離した状況におかなければ改善の方向へはいかない。 これは肉親による洗脳によって行われるいじめで、つい最近起きた兵庫県尼崎での事件も、これとまったく同じ問題に端を発している。 病気というとらえ方ではなく、自分についた悪い癖という認識に立ち、良い癖に直していくという思考に教導していくことが重要だ。

会場参加者から質問
『通院する開業医師が、患者である私(質問者)に、愚痴めいた相談をされた。小5と小3の息子に対して妻が暴力を振い困っている…と』
岡田の解答
「今の日本人が可笑しくなっている!?という原因の一つに、しっかりとした基本の道徳教育というものがなくなってきている。 学校で行っているという道徳教育そのもの自体がおかしい。 戦前までは、“氣學”というものが日本には存在していた。人になる根本の教えの氣學があり、武士道が存在し、道徳というものが成り立っていた。 現代の女性についてみると、子どもを産み育て母親となる母性は当たり前のことだが、お母さんという存在が、なぜこうもタイプが違うのか自分の母親を通して思う。 母性の欠けた母になぜか母性の強い娘である私。この差は何なのかを考えたら日本にかつてあったこの“氣學”に行きついた。
―――その教えの一つに“男女七歳にして席を同せず”がある。
男性は一徳をもち、女性は三徳あるという。 男性の一徳とは、古代人が狩りをすることに由来し、捕えた獲物を家に持ち帰り家計を助ける(現代では金を稼いで家族を養うこと)。女性の三徳とは、女性から妻、妻から母に変化することを三徳として表した。
ご質問頂いた開業医の奥様が、我が子に暴力を振う行為は、この女性の“女という部分”が成長できていない方だと思われる。
―――ホームレスの人を否定する訳ではないが、可哀想な人だから何とかしなくてはいけない!と思うだけでは、その人本来の救いにはならない。 地震災で被災された方々に対しても同様で、本来の救いに必要なものは何なのかを見極める目が必要だ。 愛情を持ち接しているのか、母性というものが根付いて育った人であれば、今の虐待問題は起きていない。
男性の場合の一徳は、一生涯子どもでありマザコン。 これを夫婦関係に置き換えて、夫対妻としてみると、妻は夫が何を望むか考え、夫の母親の状態で接すると夫婦関係はうまくいく。要は妻が夫育てを行うといったものである。 自分の子どもに対して暴力を振うということは、夫婦関係がうまくいっていない証拠であり、妻はもっと自分に愛情を注いでほしいという現われで、子どもに手をあげてしまう。彼女自身も幼少期に暴力を学習していた傾向があったのであろう。原因追究はまず、夫婦お二人から解決策を考えた方が賢明かと思われる。
―――過去の事例で、ある男性が年上の女性と知り合い、出来ちゃった結婚で家庭をもった。子どもが生れるまでは前向きに生きていた人だったが、妻の愛情が子どもに注がれ自分がかまわれなくなると、途端に別の年上の女性に子どもを作ってしまった。 この彼は自分自身を育てて欲しい願望があり、年上の女性を好んでいた。彼自身、人としての成長という大人の階段を、きちんと昇っていないため、すぐに別の女性を求めてしまう。 女性の側は子どもを産む前に、伴侶となる男性を父親としての男に教育させてから、子どもを授かる家庭にしなければならない。
―――虐待問題についても、男女では受けとめ方に違いがある。性的虐待を受けた女性の場合、女性には母性愛というものが備わっているから、“仕方がなかったね…”と許せる傾向にあるが、男性が性的虐待を受けた場合、その矛先は動物虐待へ進み、さらには幼児へと進展してしまう。
(了)

12月 12 2012 | ご報告 | No Comments »

「クラブ愛」本店 12月の岡田ユキ出演スケジュール

岡田ユキ

2012年12月の岡田ユキの出演スケジュール

1日(土)、2日(日)、6日(木)、7日(金)、8日(土)、9日(日)、11日(火)、15日(土)、16日(日)、18日(火)、19日(水)、20日(木)、21日(金)、22日(土)、23日(日)、24日(月)、25日(火)、26日(水)、29日(土)、30日(日)

出演時間:
1、20時30分~21時30分
2、22時00分~22時50分
3、23時30分~24時20分

詳しくはお店のホームページをご覧下さい

岡田ユキの音楽療法が体験出来ます。

http://www.aidakanko.com/ai1.html

12月 04 2012 | ご案内 | No Comments »