Archive for the '伝えたいこと' Category

質問に関する返信

ある方からホームページのメールフォーマットより下記のような質問が寄せられました。
しかし、その方が記載されておりますメールアドレスは架空のものをご使用になっていたので
匿名で返信をブログにて公開させていただきます。

質問 Aさん

虐待された人を救いたいと本当に思うのならなぜ無料にしないのですか?
このお金儲けの方法は非常に汚らしい。
失礼かもしれませんがそう思います。

回答 回答者 岡田ユキ

A様

はじめまして、この度はご意見ありがとうございました。
私は数十年にわたり虐待の問題解決をするためにボランティア活動を行っています。
その体験から言えることは、虐待の体験をもち、苦しむひとは、親族には恵まれないですが、他人に関してはかなりの施しや愛情をもらっています。
みなさんそれに気がつかず、自分がとても可哀想な人だから、「もっと私に同情するべき!」と自分勝手な解釈をしています。
仮にお尋ねしますが、Aさんは私にご意見をされる前にあなた自身は虐待防止の為にどのようなことを無償でやり、他人を救われているのでしょうか?
私は前述の過去の体験から、無償では他人は救えないことをしりました。
仮にお金をかけず無償で話を聞いて欲しい人は、ただの暇つぶしの相手が欲しいからです。
そこには無責任な自分かってな思いがあるからです。
その本質が自分を苦しめているだけなのです。
むしろ虐待を受けて苦しみながら乗り越えたいと思っている人は、キッチリと責任のとり方を幼少期から虐待体験の中で学んでいます。
だからこそ他人の行為に対してありがたいと思うから(無償では悪い)、お金を支払い、そのお金を無駄にしないために、立ち直れるのです。
金額も、捨てても惜しくない金額ならば、効果がありません。
自身の生活を少し切り詰めなければいけない金額だからこそ、努力ができて立ち直れるのです。

私がAさんさんに誤解してほしくない事とは、私自身、虐待防止の活動を誰かに強制されてやっていることではないということです。
だから誰からもお給料はもらっていないということです。
むしろ自分の働いたお金を使い、ホームページをつくり、諸々のことをしているのです。
私自身、使えるお金がなくなったり、自分が「良し」と思えればいつでもこの活動はやめられるということです。
ですが、関わっている以上は最後まで責任をもって私に助けを求めてこられる方に関しては、お手伝いをさせていただいて、プラスの結果をだしております。
Aさんはどのようなことをご自身がされて結果を出されたからこそ、このようなご意見をくださったのでしょうか?
教えてください。

岡田ユキ

5月 16 2010 | 伝えたいこと | No Comments »

母の死によりまともになった私の家族

岡田ユキと父 

今年1月1日に実家の母が他界しました。
お餅がのどに詰まって事故死でした。
正直、私は「ほっと」しました。
昨年十数年ぶりに再会したものの、この先どのように母親と関わっていこうか?
と思案中だったからです。
母との関係が近くなりすぎるとまた、母は以前のように悪い癖が出て私にストレスをぶつけてくるでしょう。
それがわかるから慎重に親とは付き合おうと思っていた矢先の出来事でした。
母の死により、初めて父親と真剣に話しができました。
父親の話では3年前から母とは家庭内別居をしていたそうです。
会話もなく食事や買い物も別々の寂しい生活を送っていたそうです。
母が口を開けば、他人の悪口や自身の人生への後悔、
結果すべて父親が悪いといっては責められていたそうです。
父親も正直「ほっと」したそうです。

母の人生は母の心次第でいくらでも幸せになれたのに、
自分から望んでその幸せをぶち壊していました。
そのゆがんだ心が魔に支配されて、どんどん奈落の底に落ちて行きました。
父の話では私と再会した後、体調も良くなって病院から自宅に戻ってきたそうです。
ある日、母のお姉さんが母の退院を祝いに来てくれたそうですが、そこでまた母の口から
人の悪口が出たそうです。
お姉さんはそんな母親を見るのがいやで「帰るから」といって席を立った瞬間、
母の様態が急変したそうです。
母は神様から罰を与えられて、脳の血管が切れたそうです。
血管が切れた場所は「間脳視床下部」で第三の目といわれる一番大切な場所を切られたそうです。

私は3年前から「気の學問」を学んでおります。
それは宗教でもなく、日本人が古来から寺子屋で学んでいた自然の法則や道徳を正しく教える學問です。
日本では聖徳太子に始まり、空海や坂本竜馬や明治維新に関係した者たちが学んだからこそ、
神様が助け、明治維新となったそうです。
戦後GHQが日本人を恐れるあまり、日本人の本質をさぐったところ「気學」イコール「武士道」があるから
強い日本人がいたことにたどり着いたそうです。
そこで、ただちに日本人からこの気學を抜き、アメリカが好きになるような「植民地支配」を展開してゆき
現在のおかしな日本人が戦後六十数年にして作られたのだそうです。
気學では間脳視床下部は人間の過去(前世)の記憶をすべて保存している大切な部位なのだそうです。
その前世や前前世(何回生まれ変わってきているかわかりませんが?)の数知れない記憶を
間脳視床下部がすべて記憶して保管をしているのだそうです。
気學ではこの過去の記憶を呼び起こして、今の私の人生にプラスとして生かすことを学んでいます。
だからこそ現在の私の仕事であるいじめ虐待の防止は過去の世から受け継がれてきた、私の天命なのです。
それが分かると自身の人生の未来が全て分かります。
そして自然が全て見方となって私を支えてくれるのです。
虐待の問題はこの世で始まる以前からの問題だと私は考えております。
前世で私が母親をいじめたからこの世で仕返しされている?とんでもない!
虐待を受けている人は、前世も素晴らしい生き方をしてきたからこそ、この世で虐待の問題に直面しているのです。
そのことを多くの方々に知っていただきたいと思い、ダルメシアンの3ヶ月に一度開催しているフォーラムで、
気學を学べる場所にしているのです。
それも無料でです。
少し話しはそれましたが、母はそれだけ大罪を犯したからこそ、神様が前世の記憶を全て抹消されたのでしょう。
なんて怖いことでしょう。
だからこそ私は母の死をプラスに生かしたいと思いました。
今では残された実家の父や兄たちに対して憎しみなどは一切ありません。
むしろ彼らがいてくれたおかげで今の私があります。
改めて残された家族を見たとき、彼らこそが苦しみの渦中にいたのです。

父親は幸せになれるものならば、今からでも遅くないのならば私のカウンセリングを受けたいと申し出てくれました。
その結果、父は80歳にしてとても素直なカワイイ父親になりました。
むしろ私の息子のようになっております。
幸せとは何だったのか?ほしかった愛情とは?今父は全てが手に入りました。
そんな父親の姿を見て思うことは、年齢なんて関係なく、本人の気持ち次第ですさんだ心もすぐに変えられるということです。
これからが私も残された実家の家族も本来のあるべき家族となって幸せになる「時」なのです。

岡田ユキ

5月 04 2010 | 伝えたいこと | No Comments »

今年もありがとうございました

サークル・ダルメシアン チラシ

サークル・ダルメシアン チラシ
※クリックで別ウィンドウにて拡大します

 
今年も残すところあと1日となりました。
皆様にとって今年はどのような一年となりましたでしょうか?
私にとっては長年の課題でありました虐待の問題が、今年始めに出版しました『虐待根絶マニュアル』(集大成として)に私が気づけた事をすべて納めることができました。
被虐体験者がそれを読むと自分自身の本質、行動、思考パターンが理解でき、苦しみが90%解決できるものになっております。

今年は弁護士や検事、裁判官を目指す司法修習生達に私のスキルを学んでいただく機会もあり、また念願の教誨師(受刑者を教えさとす)さんたちにも虐待根絶マニュアルの内容を理解していただくことができました。
おかげで犯罪の真相の一端を専門職の方々に理解をしていただくことにより、
新たな悲劇を食い止めることができると信じております。
私にとって虐待防止の活動を始めた一番の目的はこの問題にありましたので、
おかげさまで目標を達成する事が出来ました。

福祉介護の分野に関しても早いもので、9月で一年を迎えました。
音楽療法や機能訓練、他でも様々な問題に直面し学ばせていただいております。
そんな中、新たな介護用品の商品開発も出来ました。
来年は新事業を立ち上げて、新しい介護の世界を展開して行きたいと考えております。
今年も皆様には大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
来年も頑張って皆様のお役に立ちたいと思っておりますので、
どうぞ宜しくお願いいたします。

皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

 
岡田ユキ

12月 31 2009 | 伝えたいこと | No Comments »

辻ちゃん(辻希美さん)にも使ってほしい「「カケ算ラップ」」

岡田ユキ「FAMILY」

先日テレビを見ておりましたら、元モーニング娘の辻ちゃんが
掛け算の九九ができないという話をしていました。
いろいろな教育関係者の方々が口をそろえておっしゃるには
最近の学生(小学生や中学生ばかりでなく、大学の研究生なども含めて)に
掛け算の九九ができない方が増えているそうです。
 
辻ちゃんの場合も小学生のころから芸能界で多忙な生活に追われ
きっと掛け算の九九を暗唱する時間もなかったのだと思います。
 
それと、最近の掛け算のできない人たちに共通して言えることは
共働きもしくはシングルペアレントの家庭等で、九九の暗唱を
始める際に親等の協力がなかった、もしくは少なかったということでしょう。
 
辻ちゃんをはじめもう一度多くの方に「カケ算ラップ」を使っていただければと思います。
「カケ算ラップ」に関して詳しくは旧ブログサイトの下記「カケ算ラップ」の全国配布の記事をご覧ください。
 
「カケ算ラップ」の曲もこちらのページからダウンロードできます。
 
http://blog.okadayuki.com/?eid=210473
 
ちなみにこの曲で九九を覚えると関西弁がうつるかも(笑)・・・
 
岡田ユキ

12月 10 2009 | 伝えたいこと | No Comments »

10年ぶりの親子の再会

10年ぶりの親子の再会

今年7月、10年ぶりに絶縁していました両親と会いました。
仕事で京都に行く用事があり午前中の時間が空きましたので、長年親子の間を心配してくださる91歳の親戚のおじさんにお願いして、両親との間を取り持ってもらいました。
この10年を振り返るといろんなことがありました。
寂しさから始まり、不安、あきらめ、自殺願望、憎しみ、怒り、そして気付き、まさかこんな日が来るとは、考えてもいませんでした。

おじさんの家まで兄(次男)に車で迎えに来てもらい父親の待つ実家に向かいました。
父は仕事もやめて、数年前からいくつもの癌が転移して、入退院を繰り返しているようでした。
寝たきりではなく、家の中では杖もなしに歩行はできたようです。
会った日も、翌週には大学病院に入院する予定だと聞かされました。
ですが、この期におよんでもまだ好きなお酒とは決別できずにいるようでした。
父に関しては、日頃から91歳のおじさんが事あるごとに私の様子を知らせてくれていましたので、互いに違和感もなく許される時間の中で話しました。

母とは病室で会いました。
糖尿病から複数の合併症もあるようで、認知症の検査も含めて入院中の母親との再会でしたが、想像していたよりはスムーズにいきました。
再会して感じたことは、何年経っても両親は同じことを繰り返しているんだな?ということでした。
まともな母親ならば「兄弟こそ仲良くやりなさい!」と、いうのでしょうが、私の母は今だに自分のことを絡めて兄弟を競わせていました。
カウンセラーとなり改めて、かなり頭の回転が速い(ズル賢い)人だったということに気づかされました。
こんな母親相手に過去の私は苦しめられ、嵌められていたのか?と思うと、、つくづく「親から離れられてよかった!」と実感いたしました。
現在はそんな切れる頭(頭脳)を使い、認知症のふりをしているようで、兄(次男)が母親の愛情欲しさに振り回されていました。
父親と兄は、「母が認知症になってしまった!」と、思い込まされているようでしたが、私は日々多くの認知症の方々とお付き合いさせていただいていますので、母親がふりをしているのが凄くよく理解できました。
母親も、今はすでに弱かった過去の私ではない事にすぐ気づいてくれたからこそ、私との会話にはかなり気を遣っていたようです。

逆に兄が過去の私のように、上手く母親の手口に引っかかって意のままに動かされているのが、不憫でなりませんでした。
兄の姿は、苦しみの渦中にいた頃の自分の姿とダブりました。
十年前の私同様、かなり精神的に苦しんでいるように見えたからです。
本人の話しでは、数年前から障害者自立支援関係のNPOを設立し、施設を開設して居宅介護や就労支援も行っているらしく、その代表として頑張っているのだそうです。
私には、施設で関わっている子供たちの親が「虐待をしよるから許せへんわ!!」「あほな親が多すぎる!」と怒り、一匹の犬を連れていました。
その犬は過去の私のダルメシアン同様、兄の一番の理解者なのでしょう?
ちなみに奥さんと子ども達もいますが(この十年でどうなっているのか、分かりませんが?)心のポッカリ感に惑わされずに、家庭を大切にしていただきたいと願っています。

初版の「みにくいあひるの子供たち」を出版し、両親から弁護士を使って指し止め請求を出された頃私の友人が、私の思いを察して両親に会いにいってくれました。
しかし両親はその友人を敵とみなし、罵声をあびせた上に暴行まで加えたそうです。
ありがたいことに友人は私の思いを察してくれて、両親を訴えることまではせずに穏便に済ませてくれました。
次男の兄も勿論、両親の側に立ち、友人に私のことを罵倒していたそうです。
後に友人から話しを聞いて、兄だけは私の思いを理解してくれるのでは?と、思っていましたが、残念ながらすでに私は、兄のライバルになっていたようです。
きっと母親が私の知らないところで長年に渡り、兄が私をうらやむような言葉を重ね洗脳してきたのだと思います。
私もそうでしたから。
現在も過去も私は、親から物に関しては何一つ欲しいとは思っていませんでした。
ただ欲しかったのは、両親からの「優しい言葉」だけでした。
兄の知る当時の私は、世間も狭く、体験や自信のなさから、親を喜ばせたいためにしたことがいつも裏目に出ていました。
結果、その後始末を親や兄がしなくてはいけないと思われていたのか?
両親は助けてくれるといいながらも、途中で子供じみた言い訳を作っては、「お兄ちゃんと関わるほうがええわー」といって、簡単に逃げていきました真実はいつも自分で最後までない頭をしぼり、時には他人にアドバイスを求めて、労働しながら解決していました。
今回の再会で兄が私のことをどのように理解してくれたかは分かりませんが、私は両親に関係しているものは、何もいらないということは少なくとも理解してもらえたと思います。
そして兄の大好きな母親に関しても、これからも私は両親と深く関わるようなことはしませんので、安心してほしいと思います。
本来ならば大変おかしな話ですが、被虐家庭だからこそ逆に「取られる」と思う側には、私のこの無責任とも取れる言葉が「安心感」に繋がるのです。

ありがたいことにその兄のおかげで私は、年老いた両親の面倒を何一つみることもないので、大変感謝しています。

またもう一人の私に性的虐待をした兄(長男)のほうは、父の話によると3年前に教師をやめたそうです。
現在は小さな会社を興して社長として頑張っているようですが、思うように売り上げは伸びずに苦しんでいるのだそうです。
3年前といえば私が京都の教育委員会に「他人に介入していただいて、兄と話し合いをできる場を作っていただきたい!」と、メールした頃だと思います。
偶然の一致か?はたまた私のメールが原因で退職となったのかは定かではないですが、兄は教師を辞めていました。
前述の私の代理として友人が両親い会いにいってくれた時の話に戻ります。
長男に関しては、次男があのような態度だったので、当然長男ならばもっと酷いだろうと思った友人は、長男には直接会わずに事もあろうに、長男の奥さん(義理の姉)の母親に事情を説明して本を手渡したそうです。
お母様は大変驚かれたそうですが、私の両親とは違い善し悪しの分別がしっかりとつく方なので「大変なご苦労があったのですね!ちっとも知りませんでした。さぞ今まで一人で辛かったことでしょう。お兄様に変わって私がかわりに誤りたいと思います。
ごめんなさいね!許してください」と友人に深々と頭をさげてくださったそうです。
そして、「申し訳ありませんがこの話しは、夫や娘には秘密にしたいと思います。死ぬときまで私ひとりの胸にしまっておきたいと思います。お許しくださいね」そして私には「これからは、幸せになってくださいね!」とのことだったそうです。

現在の私といえば、幼かった息子も成人して自立し家を出て行きました。
3年前には幼少期から可愛がってもらった大好きないとこのお姉さんと、再会することができました。
今はそのお姉さんが実の姉妹のように、時には母となり、親戚関係の情報など含め、こまめにメールをくださって私の体調を案じてくれます。
また、昨年から関わった後期高齢者施設の利用者さんたちは実の祖父母のように、時には父母のように可愛がってくださるので、私は高齢者が大好きになりました。
私の時間が可能なら、いくらでも彼らのお世話をしてあげたいと思っています。
同時に、回復への音楽療法や地道な声かけ、カウンセリングによってさまざまな成功事例もうまれています。
その手ごたえが楽しくて、やりがいもあり、ご本人は勿論のこと、ご家族からも喜びの声をいただけて、気がつけば一人一人と深い信頼関係を築けています。
私が今まで培ってきたスキルや体験を数人に使うよりも、もっと多くの方々のために使えることこそが、この世の使命だと考えています。
私と両親も再会することにより、互いの役割と使命を果たし、一つの神様から与えられた仕事が終了したのだと思います。
私の場合、歌うこともカウンセリングも他人のために役立てられて、初めて意味があると思います。
私が実家の両親と直接関わらずとも、このように何十人、何百人の高齢者達の心の支えとなったり、直接介護で手助けすることが今の私には大切なことなのでしょう。
なぜならば、この日々の積み重ねがいずれは人を.介して私の両親にも必ず届くからです。

岡田ユキ

9月 21 2009 | 伝えたいこと | No Comments »

研究レポート

岡田ユキ

約3000人の被虐体験者のカウンセリング事例により、虐待を受けた人間の行動、思考、癖、生活パターンは一つだということが分かった。
そしてそのパターンは一般とばれる人からは理解するのは不可能だということ。
しかし、被虐体験があり、なおかつ自身がその体験を乗り越えて、カウンセラーとしてのスキルのある者が正しく導けば、2~3度のカウンセリングにより被虐体験者は全ての悩みを解決することができる。
その手段は特殊な想像も付かない楽しい方法を用いる。
結果、一般人と上手くプラスの人間関係も築いていけることが分かった。
2009年度、以上の研究をまとめた「虐待根絶マニュアル」を発表した。

最近は被虐体験者ばかりではなく、虐待をしている「親」からの相談も驚くほど増えている。
そこには、同じ非難される(しかられる)のならば、私に一度しかられて解決できるのならば、
との思いで相談に来るようだ。
しかし、よくよく話を聞いてみると、虐待している親を非難できるものでもなく、良くがんばっているのでは?
と、思える人のほうが多い。
現在、「自分は、子どもや親を虐待している悪い人間だ」と思い込んで一人で悩んでいませんか?
また、その罪を必要以上に、子どもや親に償わされて苦しめられていませんか?
そんな人には是非、この虐待根絶マニュアルを読んでいただきたいと思います。
そして、虐待とはいったいどのような行為を指すのか?を正しく理解していただきたいと思います。

8月 28 2009 | 伝えたいこと | No Comments »

岡田ユキのカウンセリング

最近私のもとには、教師、医師、看護師、保護司、カウンセラー、占い師、療術師など、人を導く専門家の方々がカウンセリングを受けに来られるようになりました。
皆様その方面ではプロフェッショナルだけに、カウンセリングをしていても一般の方に比べると即効性があり、私もとても楽です。
そして何よりも嬉しいことは、「岡田式AC判別法」を理解していただくことにより、
一度の面接で殆どが、立ち直られるという点と、
苦しみを解消した後は、各自の現場に戻られて「岡田式AC判別法」を生かし、プラスの連鎖が生じている点です。

一般の方々も、一度の面接においては「岡田式AC判別法」を理論では理解はしてくださるのものの、
そこは前者の方々のような専門的な知識のない分、実行に移すことがなかな難しいようです。
親を断ち切れず、被害者意識を持ち甘えることに慣れすぎて、その環境が苦しくて抜け出したいために私の元にこられるのですが、私が一人で簡単に解決してくれるように思い込まれている方も少なくありません。

また、「一対一で真剣に向き合う」ことができなくて、私のカウンセリングが厳しく感じられるみたいです。

苦しいながらもその環境に慣れすぎてしまい、心地悪くてそこから今一歩抜け出そうとするものの、自分からは努力をせずに、白雪姫やシンデレラのように白馬に乗った王子様が「救い出してくれる」と、思い込みすぎている人が多いのが現状です。
私が言う「親を断ち切る!」とは、苦しみの原因が親にあるからです。
その親との関係を少し離れ、冷静に自分と親との関係を見つめられる環境におくことが、親からの「悪い洗脳」や「呪縛」を解き、
反対に自分がいかに「素晴らしい人」であったのか?に、気づけるのですが?
悲しいかないつまでも「赤ちゃん」をしていたい人が多すぎて、自分がすでに大人になり、親となっている意識が持てないのです。
そして、自分が我が子を苦しめていることに気付きながらも、好きで「虐待の連鎖」をしてしまうので、私はほとほと困ります。

その結果、「親殺し」「子殺し」「無差別殺人」他、現代社会で起こっている恐ろしい事件へと繋がってしまうからです。

また時には、自分が今一歩踏み出せないことの勝手な理由付けとして、私が「親と自分の関係を切り離す」とまで言われ、味方である私を「敵」の立場に転嫁される方も少なくありません。
私はカウンセリングを行う時は真剣ですので、コンタクトされる方は今一度、「真剣に私と向き合えるか?」ということを考えた後にご連絡をいただければ、と思います。
私も一人の生身の人間です。
人と関わるならば、「素晴らしい出会い」を求めたいと思っています。

ましてや、カウンセラーとして一人の大切な命に関わる仕事をさせていただいておりますので、中途半端なことはできません。

時には自分の判断が狂えば、とんでもないところにクライアントさんを追い込むことになります。

おかげさまで私が関わらせて頂いた方々は、自殺もなく殆どが立ち直って社会復帰されております。

が、十分注意をしなければいけないと考えています。

だからこそ、自分の使った労力に対しては、きっちりと「一歩を踏み出してくれて、良かったね!」という見返りが欲しいのです。

<親から虐待を受ける人の3つの条件>
1、優しすぎて、素直な子ども
2、口が堅く、親のことが大好きな子ども
3、天然ボケな子ども(器が大きい)

そんな子どもがAC(アダルトチルドレン)になります。
ACで悩んでいるあなた、虐待を受けて苦しんでいるあなた、
あなたは素晴らしい「宝」を持っている人です。
だから、自分に自信を持って生きてください。

<苦しみの渦中にいる人が注意すべき3つの点>
1、病んでいる人間は、人に悪影響を与えます。
  なるべくそのような人には近づかず、健康なポジティブな人と付き合うことを心がけ   てください。
2、心理関係の仕事に携わっている人は、自分自身が苦しいから「答え」を見つけるためにその世界にいます。
  ですからその人に近づくことは危険だということを知ってください。
3、ましてや、病んでいる人たちで構成されている自助グループなるものは、一番危険な場所です。
  心理の世界は欧米の方式を日本人に取り入れていることが多々ありますが、
  味覚の上でも日本人は欧米人に比べると「こく・うまみ」を感じられて、芸術的にも「わび・さび」があり繊細な人種なのです。
  心の分野に取り入れるということは、かなり危険が伴うということを知ってください。

過去私と関わりがあった某大学教授も、自分自身が苦しくて「自分探し」のために心理の世界に入られたようです。
身近なところでは人助けもしておられるでしょうが?
悲しいことに教授は、事件を犯し、その犯罪者の過去には苦しい虐待を受けたとうい事実を受け止めてやれずに最後は、死に追いやっています。
そこには教授自身がいつも「人に怯え、無責任であり、中途半端に欲があり、他人をかまいたい」との思いが、他人を救えず、結果自分自身をより苦しめることになっているのでしょう。
だからそんな人は、自分が他人に関わることが「一番危険」だということを自覚しなければいけないのです。
が、現実はそうでないところが悲しいです。

また、私が知っている某占い師は、
過去は自分の力不足でがんに侵された数十人を助けることができずに「殺してしまった」が、現在は一人も「死んでいない」と自負しています。・・・・・・・が・・・・・?

私の友人に、薬を使わない精神科医がいます。
彼は宮島賢也さんといい、ご興味のある方は彼のブログを読んでいただければと思います。
http://nodrughappymind.seesaa.net/article/106092527.html

彼のブログを読んでいただいた方には理解していただけると思いますが、
日本の精神科医の殆どが過去の彼のようなお医者さんではないにしろ、一部がそうだとしたらそれは大変「恐ろしいこと」だということを皆様に認識していただきたいと思います。

結果心の病を治すのは、病んだと思い込んでいる「自分自身」で治すしか方法はないのです。
あくまで私や医師、カウンセラー、占い師他は、そのお手伝いに過ぎないということを知っていただければと思います。

岡田ユキ

9月 21 2008 | 伝えたいこと | No Comments »

報道による説明不足が、事件の引き金に繋がることを知ってほしい!

先日「バンキシャ(日テレ)」で、虐待死の報道がありその中で事件の検証をやっていました。
いつものように事件を犯した母親を非難して、その母親も幼少期に虐待を受けて育ったために『虐待の連鎖』による事件と報道されていました。

より「虐待の連鎖」を証明するためにある親子が映し出され、その母親がやはり過去に虐待を受けて育ち、自分も子どもを「虐待していた」とVTRの中で話していました。
理由は「愛されている我が子に自分が嫉妬をし、うらやましくなるから虐待をしてしまった」と、話していました。
親子の顔にはモザイクがかかり、子どもは勉強机に座ってカメラには背を向け、とても「暗~い」シーンが印象的でした。
その後VTRが終了と同時にカメラはスタジオのコメンテーターに移され、もと判事が『子育ても分からない奴が子供を産む資格はないんだ!』と、怒った顔でコメントしていました。
そしてこのコメントが締めとなり、虐待死事件の報道は終了、次のテーマに移りました。

私は「またか?」と、思いながらも、自分達が忙しいのもこんなテレビ報道の「間違い」(不足)によるためなので、だまってはいられずに即、日テレ・バンキシャの担当者に電話を入れました。
「確かに事件を起した母親は悪いが、その後過去に虐待を受けて子どもに虐待をしたあの親子のVTRは何のために必要だったのか?」と、私は尋ねました。
すると担当者は、「虐待死を起こした母親に対して事件の真実を報道した」と言うので、「私はそれを問題にしているのではなく、その後過去に息子に虐待をしていた母親の映像と、コメントに何の意味があるのか?」
すると担当者は、私の言葉の意味がわからなかったようなので「貴方たちは簡単に虐待報道をしているが、とんでもない間違いをしていることに気付いてほしい」と、説明をしました。
「虐待の連鎖は同時に、メディアによっても多くの虐待を受けた人間に、虐待の連鎖を学ばせている」と、言うと、相手はまたしても理解できなかったようで「だからVTRに出てきたお母さんは、現在は我が子に虐待せずに虐待の連鎖を断ち切り、立ち直っているのか?」
と、尋ねると「はい、立ち直っています」との回答でした。
私はそこで、「ならばなぜ、そこまでの映像を出して良い実例として、虐待の連鎖を断ち切った人間がいる、と、いうことを映し出さないのか?」

それらの説明をして初めて気が付いたようで「そこまでを映し出せば問題ないのか?」と聞いてきたので「そうです。それが一番大切なことであのVTRを流す意味があるのでは?もう少し報道する立場としてテレビは学びの場なんだから作る側がそのような自覚を持ってほしい。そして、虐待事件を報道する際に本当に、この内容ならば悪影響がなく、番組を見た人が希望を持てる内容になるのか?ということを真剣に考え、制作サイドがしっかりと虐待の本質を学びその上で、制作して放送に臨んでほしい」と、お願いしました。
「では、今回のVTRによって虐待を受けた人にはどのような悪影響があるのか?」と聞いてきたので、私は「虐待を受けた人は連鎖は断ち切れないと、映像によってより断定してしまっているので、自分たちには希望は見出せないように感じた」と、いいました。
担当者は若そうな女性でしたが、私の返答に少しは理解してくれたようで、「この意見を参考に今後は気をつけて制作できるように心がけます」との言葉を頂いて電話を切りました。

昨日(3月26日)も岡山県で大変恐ろしい事件が起こりましたが、その報道の不足によって模倣事件が起こらないことを願いたいです。

3月 30 2008 | 伝えたいこと | No Comments »