Archive for the 'ご報告' Category

海外のTV取材が無事に終わりました!

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アルジャジーライングリッシュ(世界三大ネットワーク)の101EASTで9月中旬放送予定の番組収録が無事に終了しました。

撮影は8月27日と8月29日の二日間、長時間に渡って岡田ユキのインタビューを中心に進められました。

8月27日はアルル音楽教室と講師の先生のご協力の元、歌と演奏の収録が中心に行われました。

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星名先生、谷本先生、森先生ありがとうございました。

参加して頂いた皆様、長時間に渡り、ありがとうございました。

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9月 01 2014 | ご報告 | No Comments »

第28回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

【第28回いじめ・虐待防止フォーラム】

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2014年平成26年7月13日(水)13:00~17:15新宿区大久保地域センターで、市民活動団体の“サークルダルメシアン”主催による「第28回いじめ・虐待防止フォーラム」が開催された。

「岡田ユキ」による特別講演

いじめの原因による解説が行われる。

例として岡田自身の体験をもとに、当時小学2年生だった息子がいじめにあい、そこから立ち直るまでの過程が説明される。

音楽家の楽器別による人間の解説

音楽のジャンルによる家庭環境などを詳細にわたり解説した。

その後、AC判別法の解説と事例が紹介された。

【京都も関西系のノリ】

私の息子もこの京都の風土で育ち、関西系の“ノリつっこみ”の文化圏で小学一年迄過ごし、離婚(シングルマザー)と 同時に東京へ引っ越した時、息子は二年生になっていた。 新宿区の小学校へ転校生としてきた息子は、転校一カ月で東京の生活様式にも慣れ標準語を話すよう になり、クラスの仲間に溶け込んでいったのだが、ある時期から日増しに表情が暗くなりだした。 友達のことを話さなくなり、次第にけなす様な言動が目立ち 始め、やがて『あんな奴ら、みんな死ねばいいんや』と吐き捨てるように、言葉がエスカレートしていった。―――ある日私が息子の担任へ電話したところ『じ つは、息子さんはクラスのみんなと仲良くしている時、いきなり暴力を振ってくるんです。 私もそろそろお母さんへ連絡しようと思っていましたが、ご家庭で 何か問題はありませんか』と言われた。 私としてはシングルマザーのうえに、経済的にも環境変化でも常に問題だらけの家庭だと認識していたので、担任の一 言は非常にキツイ言葉だった。 ―――そのことを息子へ問いただしたところ、ビックリした表情で『エッ!僕は何もしていない。悪いのはアイツらだ』と、ク ラスメイトを名指ししたから、私も何か違うと感じて担任へ再び相談したら『それは岡田君が先に手を出すから、それに対してクラスメイトたちが岡田君へ手を 上げているのだと思う』ということだった。―――この頃、同時期に学童保育でも同じようなことが起きていた為、私は息子に『アンタ!何しているのか』と、 叱りつけてしまう状況になり、息子自身独りぼっちで孤独感の真っ只中に身を置くことになった。

【運動会で立場が好転】

そんな状況下の時、学校の運動会に参加し息子のクラスでの様子を目の当たりにできた。 クラスメイトの輪の中に息子の姿があったが、彼は東京弁を使いなが ら関西のボケとツッコミを友達に対して行っていたため、軽いツッコミにもかかわらず相手は単に叩かれているような誤解を招いていることに私は気づき、その 時咄嗟に関西弁でクラスメイトに横やり(良い意味で)を いれ、息子のフォローをするとみんなの印象が途端に好転し、息子のことを“面白い岡田君だ”と周りが認識し、一躍人気者へと変わった。 ―――この時、息 子とクラスメイトへの臨機応変な対応は、母親の立場としても必死であった。 子どもの世界でも、異なる土地文化による相互理解不足で生じた「いじめ」は、 芽生え始めた時に適切な対応が出来れば、何ら問題はないという実証例だと思うので、どうか参考にされてはと思う。

【親の常識】~クラシック音楽を聴いていた家庭と、J-pop(歌謡曲)系を聴いていた家庭とでは、家庭文化が違っている!?~

私の育った家庭では、父親の学歴コンプレックスがあり、クラシック音楽を聴くことによって、より人格が高められるものだと誤解をしていた。 私の知人であ る大学教授のご家庭でも、クラシック音楽を日常的に聞き流し、子どもには幼少期からピアノを習わせている家庭環境だった。 確かに情操教育には良いと思う が、どちらも(父親も大学教授家庭)『J-popを 聴いているような家庭の人はアホだ!』と見下した見方をして自分たちが全て正しく、他の家庭は間違っているというような躾の雰囲気だった。 私の父親から 言われていたのは『クラシック音楽を聴かない人たちは、アホやから近所のやつらとは遊ぶな!』とか『彼らがしていることはダメやから近づいたりするな!』 と、事あるごとに家庭内で教えられて育った。 それでも私は、よその家庭で遊ぶことが楽しく足を運んだが、 家に帰って来るたび親からは他人の家の悪口を 散々聞かされ、マイナスなことしか言われなかった。―――子どもなのに、生意気なことを言ったりする子は、上記のような親に洗脳されている可能性があると 思っていい。 本人は友達と仲良くしたいのだが、仲良くすることができない・・・というより親から断ち切られているから、仲良くする術を知らない。 その ため周囲からいじめられる存在になったり、引きこもり状態に陥って、その年月は十年間も続いているような状態にある。

【♪ジャズという音楽ジャンルは…】

クラシック音楽を聴く人にとって、さらに上の段階にあると感じる音楽ジャンルがジャズである。―――楽器を演奏する人の性格に、面白い心理的傾向がみえる。 例えば音楽バンドを組んでいる人たちで、ボーカル(シンガー)・ギターリスト・ベーシスト・ドラマーの四人組バンドの場合、演奏する楽器の種類によって、演奏者が持つ性格の違いが現れる。

ギタリストの性格は子どもっぽい人が多く、ベース(4弦ギター)を 弾く人の場合、マニアックで偏屈っぽいタイプの人だ。 バンドの中では、このベースの存在が最も重要なのだが、一番目立たない存在でもある。 ボーカリス トやドラマーの人は異性好きで、すぐに人と親しくなりやすく友人が出来るのが早い。 その他管楽器のサックス奏者だと、世間一般の遊びというようなことは せず、仕事が終わったらすぐに家へ帰るといった愛妻家で、浮気とかはしないタイプ。 トランペット奏者の場合だと非常に異性好きで、例えば離婚したとして も、すぐにまた結婚するタイプである。 ピアニストの場合だと、神経質な傾向で真面目な人が多い。―――これらは、人を見分けるひとつの目線として、参考 にして頂きたい。

最後に、いじめや自殺の問題に関してその時に母親がどれだけ気付いているかによって、事態の状況も変わってくる。ことや自分の環境によって、周りとのかかわり方が変わってくる 事例などが報告された。

(了)

8月 11 2014 | ご報告 | No Comments »

第27回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

【第27回いじめ・虐待防止フォーラム】

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 2014年平成26429()13:0017:15新宿区大久保地域センターで、市民活動団体の“サークルダルメシアン”主催による「第27回いじめ・虐待防止フォーラム」が開催された。

 第一部「岡田ユキ」による特別講演

【京都の建前と本音】

 私が育った京都庶民の文化風習の中に“ぶぶ漬け一杯どうどすか!?”と客人に対して問い掛ける語り口調がある。 これは、なかなか帰ってくれない長居する客人に「お茶漬けでも食べませんか」と、さも優しい笑顔で投げかけ、建前言葉とは裏腹に「そろそろいい加減に早く帰れ!」と催促させる本音の意味合いを、遠まわしに言う京都文化独特の言い回しとして使われるものだ。

 

【京都も関西系のノリ】

私の息子もこの京都の風土で育ち、関西系の“ノリつっこみ”の文化圏で小学一年迄過ごし、離婚(シングルマザー)と同時に東京へ引っ越した時、息子は二年生になっていた。 新宿区の小学校へ転校生としてきた息子は、転校一カ月で東京の生活様式にも慣れ標準語を話すようになり、クラスの仲間に溶け込んでいったのだが、ある時期から日増しに表情が暗くなりだした。 友達のことを話さなくなり、次第にけなす様な言動が目立ち始め、やがて『あんな奴ら、みんな死ねばいいんや』と吐き捨てるように、言葉がエスカレートしていった。―――ある日私が息子の担任へ電話したところ『じつは、息子さんはクラスのみんなと仲良くしている時、いきなり暴力を振ってくるんです。 私もそろそろお母さんへ連絡しようと思っていましたが、ご家庭で何か問題はありませんか』と言われた。 私としてはシングルマザーのうえに、経済的にも環境変化でも常に問題だらけの家庭だと認識していたので、担任の一言は非常にキツイ言葉だった。 ―――そのことを息子へ問いただしたところ、ビックリした表情で『エッ!僕は何もしていない。悪いのはアイツらだ』と、クラスメイトを名指ししたから、私も何か違うと感じて担任へ再び相談したら『それは岡田君が先に手を出すから、それに対してクラスメイトたちが岡田君へ手を上げているのだと思う』ということだった。―――この頃、同時期に学童保育でも同じようなことが起きていた為、私は息子に『アンタ!何しているのか』と、叱りつけてしまう状況になり、息子自身独りぼっちで孤独感の真っ只中に身を置くことになった。

 

【運動会で立場が好転】

 そんな状況下の時、学校の運動会に参加し息子のクラスでの様子を目の当たりにできた。 クラスメイトの輪の中に息子の姿があったが、彼は東京弁を使いながら関西のボケとツッコミを友達に対して行っていたため、軽いツッコミにもかかわらず相手は単に叩かれているような誤解を招いていることに私は気づき、その時咄嗟に関西弁でクラスメイトに横やり(良い意味で)をいれ、息子のフォローをするとみんなの印象が途端に好転し、息子のことを“面白い岡田君だ”と周りが認識し、一躍人気者へと変わった。 ―――この時、息子とクラスメイトへの臨機応変な対応は、母親の立場としても必死であった。 子どもの世界でも、異なる土地文化による相互理解不足で生じた「いじめ」は、芽生え始めた時に適切な対応が出来れば、何ら問題はないという実証例だと思うので、どうか参考にされてはと思う。

 

【親の常識】~クラシック音楽を聴いていた家庭と、J-pop(歌謡曲)系を聴いていた家庭とでは、家庭文化が違っている!?~

 私の育った家庭では、父親の学歴コンプレックスがあり、クラシック音楽を聴くことによって、より人格が高められるものだと誤解をしていた。 私の知人である大学教授のご家庭でも、クラシック音楽を日常的に聞き流し、子どもには幼少期からピアノを習わせている家庭環境だった。 確かに情操教育には良いと思うが、どちらも(父親も大学教授家庭)J-popを聴いているような家庭の人はアホだ!』と見下した見方をして自分たちが全て正しく、他の家庭は間違っているというような躾の雰囲気だった。 私の父親から言われていたのは『クラシック音楽を聴かない人たちは、アホやから近所のやつらとは遊ぶな!』とか『彼らがしていることはダメやから近づいたりするな!』と、事あるごとに家庭内で教えられて育った。 それでも私は、よその家庭で遊ぶことが楽しく足を運んだが、 家に帰って来るたび親からは他人の家の悪口を散々聞かされ、マイナスなことしか言われなかった。―――子どもなのに、生意気なことを言ったりする子は、上記のような親に洗脳されている可能性があると思っていい。 本人は友達と仲良くしたいのだが、仲良くすることができない・・・というより親から断ち切られているから、仲良くする術を知らない。 そのため周囲からいじめられる存在になったり、引きこもり状態に陥って、その年月は十年間も続いているような状態にある。

 

【♪ジャズという音楽ジャンルは…】

クラシック音楽を聴く人にとって、さらに上の段階にあると感じる音楽ジャンルがジャズである。―――楽器を演奏する人の性格に、面白い心理的傾向がみえる。 例えば音楽バンドを組んでいる人たちで、ボーカル(シンガー)・ギターリスト・ベーシスト・ドラマーの四人組バンドの場合、演奏する楽器の種類によって、演奏者が持つ性格の違いが現れる。

 ギタリストの性格は子どもっぽい人が多く、ベース(4弦ギター)を弾く人の場合、マニアックで偏屈っぽいタイプの人だ。 バンドの中では、このベースの存在が最も重要なのだが、一番目立たない存在でもある。 ボーカリストやドラマーの人は異性好きで、すぐに人と親しくなりやすく友人が出来るのが早い。 その他管楽器のサックス奏者だと、世間一般の遊びというようなことはせず、仕事が終わったらすぐに家へ帰るといった愛妻家で、浮気とかはしないタイプ。 トランペット奏者の場合だと非常に異性好きで、例えば離婚したとしても、すぐにまた結婚するタイプである。 ピアニストの場合だと、神経質な傾向で真面目な人が多い。―――これらは、人を見分けるひとつの目線として、参考にして頂きたい。

 

 

【躾と虐待の違い】

~同じ暴力を振われても

虐待と受け取る人と そうでない人がいる~

私が息子を育てていた時、当時息子に手を上げて叩いた時があった・・・時には足蹴りしたことも。 息子が小学校三年生の頃担任から『お母さん!息子さんを蹴らないで下さい』と言われたことがあった。これは、息子が体育の授業を休む口実として『母親に足を蹴られて痛いから』という理由がきっかけだった。 担任教諭に相談した私は、私と息子の父親のいない家庭環境の実情を伝え、学校でも父親目線によるフォローをお願いしたところ、担任が若い男性教諭であったため協力して頂き、家庭で補えない部分を補助してくれるようになり、徐々に息子の日常行動も改善していった。―――この頃、母親として息子へ接してきたことは、私が手を上げた時“なぜ叩いたか”の理由を繰り返し本人が納得するまで説明した。 息子は次第に理解できるようになり、本人は虐待を受けていたと認識することはなく“厳しい母親の教育躾だった”と、成人した頃当時を振り返り話してくれた。

【躾ではなく虐待になる親とは】

 単に親自身の気分の悪さを、子どもに感情の“はけ口”対象として向けてしまう。 このような親に限って子に謝ることはなく、理由や答えを言わず「?(子の気持ちに疑問符だけを植え付けて)」『お前が悪いから殴ったんだ!』と一方的に決めつけてしまう。―――虐待を受ける子どもは皆とても素直であるのだが、親が事あるごとに気分で責め立てるので「自分は悪い人間なんだ」と思い込んでしまっている。 子は“自分の親は弱い人間なんだ”と判っているので、親の側も自分の苦しい胸の内を子に伝えることをすれば、親をしっかりとサポートしてくれる存在なのである。 “親が自分自身の弱味をかくさず言えるかどうか”が、「虐待と躾の境目」なのだと思う。 ある程度手を上げる行為が発生しても“明確な言葉の説明”を子に対して行うことにより、虐待の暴力から厳しい躾に代わり得る。

 

《会場参加者から声》

『昔の家庭環境では威厳ある父親がいて怖い存在だったと思うが、この仕組みが良い方向へ展開して家族構成が保たれていた。現代はこの部分が悪い方向へ向いていると感じるが・・・』

岡田 『そうですね! おっしゃる通りだと思います』

 

【責任ということについて】

今の日本人が、人として生きていくうえで一番欠けている点は、自分自身の責任範囲を充分理解していない点だと思う。この典型的な例が政治家だ。 他人の政治資金運営について不正な点を指摘はするが、自分の身に起きた政治資金運営が世間の反感をかった時、いきなり議員辞職するといった行動に出る。 メディア報道などでよく目にするが、他人の不正を過度に追求する人に限って、同様のことをしていたりするケースが多い。 国民から選ばれて、国民の為になる事をするのが彼らの責任範囲であるのに、国民の苦しさをまったく判っていない。

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 【岡田式AC判別法】

AC(アダルトチルドレン)は、どっち!?~

   外見は大人で 内面が子どもの様な人

   外見は子どもで 大人の様に振る舞う子ども

正解は②である。

 虐待を受けている人は、一つのパターンしかない。

ボクシングの亀田大毅氏(次男)が内藤選手と対戦した際、試合中に反則行為である足蹴りをして、出場停止処分を受けた。この後、公に謝罪会見をしたのは、彼の父親ではなく長男の興毅氏だった。 あの謝罪会見の一件で解ったことは、亀田家の責任者は長男である興毅氏だったということである。

上記にしるした②の典型的例が、この長男興毅氏。 AC本人も自分の責任範囲を理解していないのである。 彼は子どもの頃から父親の責任までも取らされてきた為、大人びた子どもが出来てしまう。 心理学業界の定説は、「AC=虐待を受けて育ってきた」という証明でもある。

《会場から質問》

『虐待の定義というのは、言葉での暴力や肉体的暴力だけでなく、大人が本来取るべき責任を教えなかったということですか』

岡田 『そうですね! 例えばホームレスの人やゴミ屋敷に例えると、最初からあのような風貌になった訳ではなく、慣れや癖がエスカレートしていった結果出来あがった。』

虐待の問題も、この癖と責任範囲を改善すれば解決できる。いじめの問題も同様で、いじめられていることに慣れてしまうから、自分自身でも抜けられなくなってしまう。その時「なぜ!?いじめられるのか」と疑問をもちさえすれば、まず“いじめから抜け出す第一歩”につながる。

 

【いじめと虐待】

~いじめは横(友達)の関係で

虐待は縦(親と子・上司と部下)の関係~

学校生活で起きたいじめの場合、最悪の場合転校措置をとったり親が早めに動くことで、こじれた友達関係も早期に修復できる。 気付いた人がいれば対応も早く解決に至る。

横の関係で仮に恋人同士だった場合、本人たちが別れたらそれで良いのだろうが、結婚した夫婦のいじめだと多少ニュアンスが違ってくる。 一般的には「いじめと虐待」は別物という認識がなされているが、基本的には同じだということを解ってほしい。 虐待を受けて育った人は「常に自分が悪い人間」だと教え込まれているので、押えきれなくなった感情がエスカレートしていき、犯罪の道へ進んでいく人が多い傾向にある。 常々私が講演させて頂いている方々の中には、保護司や弁護士あるいは養護施設の職員にこの種の話をして、理解して頂くようにつとめている。

 

【虐待を受けるタイプの子】

   やさしすぎる子ども。―――その中でも母性愛が強い人。

これは女性だからといって、全ての女性が生まれながらに母性愛があるかといったら、違う人もいる。 例えば、中学生の生徒たちが私の元へ話しを聴きにきて『授業の一環で、赤ちゃんをあやして接する授業があるが、これはよいことなのか!?』と、質問を受ける。このことについて、私の見解は良い悪いとかいう問題ではなく、それを経験することが自分の将来の子育てにつながるとは思えないのである。 赤ちゃんとの関わり方は学んで解るかもしれないが、結果的にペットと同じだと思う。 その時だけ抱っこしたり可愛がったりするのは、誰であっても赤ちゃんを可愛いと感じるものだが、そこに(感情の中に)母性愛というものは芽生えていない。 都合のよい時だけ可愛がり、あやしたり、抱っこしたりして、自分の気分が乗らない時は、うっとおしいし、ほったらかしにしたくなるので、母性愛が欠如した母親である。

 【かつてあった氣學という学問】

「男女七歳にして席を同じくせず」という教えが第二次世界大戦前にはあった。 この意味は、七歳頃から男女の成長発達が、心身共に変わってくるので、独自の教育方法が必要だということ。 男の場合は生活の糧を作り、家族を養うために稼いでくる手立てを学習する必要がある。 一方女の場合は、結婚し妻となり子が生れ母となって、子育てをするといったことを教えられるということ。―――“男は一德(いっとく)で、女は三德(さんとく)ある”という氣學の教えがある。 男というものは、生涯を通して子どもであるということで一德、女は女の子から始まり、結婚して妻となり子ができて母となる、出世魚のような表現で徳が三つある“三德”と表される。 “男は生涯子ども”であるから、結婚した夫を妻は、自分の理想とする夫になるように“夫育て”ができたら、子を授かった時に夫婦で良い子育てにつながり、母親になれるということ。 現代女性は、男と同じような生き方をしている為、三德の教育を受けないまま大人になっているので、いざ自分が子を育てる段階になってから知識だけで子育てをしているから、多くの問題が生じている。 氣學という教えは、世界の中でも小さな島国であった日本國が、世界に脅威を与える程余りに強過ぎた為、戦後日本に進駐したアメリカのマッカーサー元帥主導により、日本國教育の中から掻き消されたもので、この氣學の根幹には“武士道・道徳・帝王学”があった。

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【虐待する親】

私がカウンセリングする時に、世の中の人を大別して三つのタイプに分けた。 一般的な人を100%の目標達成度合い、虐待を受けて育った人を200%の目標達成度合い、大人の階段を登る事は無しに内面は子どものままで体だけが大人に成長した目標達成度合いが50%タイプの人というように三分類した。200%タイプの人は、子ども時代に親から100%の強要を日々押しつけられて、クリア―してきた人で、大人になってからも100%をこなし切れている人。このタイプの人が無理をして“うつ”になっている。 なぜそうなるのかというと、虐待を受けている子は本来知らなくてよいことや、悪いことばかりを親に教え込まれて育つから、無意識に犯罪を憶えてしまう。 大阪で起きた小学校無差別殺人事件の宅間守死刑囚も、この典型的な例の一つで、彼も幼少期から親から『お前は悪い人間だ!』と教え込まれ、凶悪な犯罪をするしかなかったように至ってしまった。 元々彼も素直で良い人間だったのだ。―――心理カウンセラーや心療内科医のほとんどが50%タイプの部類に属し、患者に対しての悩みや治療処置を解決できていない。おまけに患者(虐待を受けて育った人)の抱えている悩みの部分に対して、答えを出してはいけないと言われる可笑しい現実がある。

 

《会場から質問》

100%の方は、いらっしゃるのですか!?』

岡田 『いるとは思いますが、少ないですね』

―――例えば、200%タイプの人は失敗もしていないのに「すみません」と自らすぐに謝る。 50%タイプの人は決して謝ることはしないし、逆に200%タイプの人に責任を上手になすりつける。 この二つのタイプの人が出会うと、必ず200%タイプの人のうえに、50%タイプの人が乗る状況を作ってしまい、200%タイプの人は長年のクセでどうしても下へ着こうとしてしまう。 この二つの関係では、甘やかされ与えられ過ぎて育った50%タイプの人を、AC判別法を理解出来た200%タイプの人が上手に育て上げることができる。 50%タイプの人は厳しく叱って貰いたいと、心では願っているから良い関係を構築できるのである。

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6月 15 2014 | ご報告 | No Comments »

愛本店卒業のお知らせ

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皆様にご好評頂きました愛本店の出演を平成26年4月30日をもちまして、卒業させて頂くことになりました。
愛本店では、多くのことを学ばせて頂きました。
ジャズシンガーだった岡田ユキが、AKB48やboφwy、レディーガガ、最近ではアナと雪の女王の主題曲「Let it go」など、今までに歌ったことのないジャンルの曲をリクエストを頂いて、歌うようになったり、ウクレレを弾いたりと、新しい世界を開くことが出来た様です。

お客様の歌の伴奏では、様々なジャンルの曲を演奏させて頂きました。
バンドはギタートリオでしたが、本来ならオーケストラで演奏するような曲や、人間では再現が不可能なコンピューターによる打ち込みの曲など、必死で取り組みました。
なかでもドレスに着替えてクラシックをソプラノで歌う人がいたり、曲によっては、原キーから、その場で上げたり、下げたりと、ミュージシャンにとっては、とても弾きにくいキーだったりして、そういう曲に限って、オリジナルを誰も聞いたことがなくて、崩壊寸前になるようなこともありましたが、今では良い思い出です。
また、よく歌って頂いたお客様の中には、カラオケで練習してきては、マイマイクを持ってプロ顔負けのうまさで歌ってくれた人もいました。
改めて今思うと、演奏に関しましてはどんな曲でもOKで、すごいミュージシャンたちが集まってくれていました。

愛田武社長が倒れてからお店のスタッフたちが愛本店をつぶしてはいけないと思い、一丸となって自分たちのできることで努力してまいりました。
自分たちもその中の一員であったということが、とても幸せでした。
大掃除のとき、開店以来初めてお店を閉め、いつもスーツ姿で決めているホストさんたちが、作業着やニッカポッカで、やたら工具や脚立の使い方に慣れていたりして、皆さんの才能に驚かされました。
終わってみんなでお弁当を食べて、普段見えないホストさんの一面を見ることによって、より人間関係が深まりました。
岡田ユキはホストさんの取れたボタンを付けたり、びっくりおもちゃを買ってきて笑わせたり、バースディを盛り上げたり、ステージがまるでドラえもんのポケットような感じになっていて、岡田に頼めばなんでも出てくるので、最後には太ったホストさんが「体重計持っていませんか?」と聞きに来たこともありました。(笑)

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ステージ中や休憩中にはPCやITインフラのことでよく、助けを求められました。
休みの日でもかまわず電話がかかってきては、わからないことを聞かれました。
なんでも、「わからないことがあれば遠慮せずに、垣内に聞け!!」と、いうことでこき使われました。(笑)

プロモーションビデオを撮影したときには、シャイなホストさんばかりで、本番前の打ち合わせでは、最高におもしろかったりするのに、本番ではうまく話せなかったりと、NG続出!
リムジンの中では照明の明かるさが足りず、妖しい雰囲気になってしまったりしましたが、その点はハイレベルな技術を学んだスタッフにより、とても良い作品が出来上がりました。
とにかくいつも笑いの絶えない楽しいお店でした。
それがお客様にも伝わり、お店が活気づいて、売り上げもどんどん上がったようです。

昨日の最終日、ラストソングが終わり予期せぬサプライズがありました。
店中のホストさんやお客様がステージを囲んで下さり、花束を持って「お疲れ様、長い間ありがとう」と声をかけていただき鳴りやまぬ拍手の中、喜びと驚きと感謝の気持ちで言葉が詰まりました。
長時間に渡り、皆さんからの盛大な拍手に包まれて、愛本店で仕事をさせて頂いたことは、最高に幸せでした。

中には、泣いているホストさんもいたりして、自分たちが頑張ってやってきたことが皆さんに伝わっていたんだな!と、実感いたしました。

本当に楽しい愛本店での仕事でしたが、忙しすぎて体を壊したこともありました。
そのようなこともあり今後は、しばらく休憩させて頂くことになりました。

時間をおいて、新たな世界でがんばりますので、皆様、またお会いできる日を楽しみにしております。
ありがとうございました。

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5月 02 2014 | ご報告 | No Comments »

ニカワヤン孤児院を再訪問しました

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2014年1月にデンパサール市のニカワヤン孤児院を再訪問しました。

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園長先生も相変わらずお元気そうで、私たちを温かく迎えてくれました。

私たちも一年間の活動でこつこつ貯めてきたお金を寄付させて頂きました。

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現在このニカワヤン孤児院には、300人以上の子どもたちがいます。

しかし、町には多くのストリートチルドレンや、道路の真ん中で、車の窓をたたいて小銭をせびる子どもたちも多く見かけられます。

児童福祉に関しては、日本と比べれば、まだかなり遅れております。

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この日はお祭りで、子どもたちが民族衣装に身を包み、ダンス等を披露していました。

岡田ユキがみんなと一緒に「ぶぶ漬けいっぱい」を歌いました。

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子どもたちは日本語を一所懸命勉強しています。

なぜなら、インドネシアでは日本語が出来ると、いい仕事に就ける可能性があるそうです。

彼らは家庭には恵まれませんでしたが、ニカワヤン孤児院のなかでのきっかけをもらうことによって、自力で学び、自分の未来を拓こうとしています。

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複雑な境遇にも関わらず、笑顔を絶やさない子どもたちが多いです。

年長の子は幼い子の面倒もみて、周囲への気配りも素晴らしいものでした。

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今回も運転手はワヤンさんにお願いしました。

インドネシア市内の道路状況はすさまじく、日本の運転技術ではかなり危険です。

ニカワヤン孤児院のパンフレット(英語版)をもらってきました。

ご興味のある方は、下記をご参照ください。

dahrmajati.pdf

3月 06 2014 | ご報告 | No Comments »

第26回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

第26回いじめ・虐待防止フォーラム

2014年(平成26)1月8日(水)新宿区大久保地域センターで第26回いじめ虐待防止フォーラムが開催された。 今回は事務局長の垣内裕志から提案がなされた。

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垣内「まず今回のフォーラムでは、二つの映像を御覧頂きたいと思います。 一つは、岡田ユキの関わるサークル・ダルメシアンを取り上げた報道番組と、テレビドラマによる虐待に関連したもの。 この二つの番組から“いじめ虐待”について皆様に考えて頂きたいと思います」
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○フォーラム会場にて

Q(質問)「どうしてホストクラブ“愛本店”でカウンセリングするのですか?」

岡田 「実践の場所ということで“愛”を使用している。虐待問題の根本は異性という点にあり、女性であれば男性に褒めて貰いたかったり、男性から注 目して貰いたいという欲求の表れがある。“愛”では男性スタッフのホスト役が来店されたお客様(女性)を心底喜ばせるプロであって、彼らによって異空間で この体験をして欲しいと考えている。 私は最初に対面カウンセリングを行い、その後実践の場としてホストクラブ愛で異性に触れて貰い、自分というものを解 放しリラックスした状態で、虐待で閉ざされた自分自身の内面を解きほぐし、翌日からは本来の自分新たな自分で再出発してもらっている」

Q  「岡田ユキのカウンセリングは、他の人とどう違うのか?」

岡田 「私自身も苦しい体験をしてきた過去があるので、問題の答えをクライアントに出すという点にある。本来はカウンセラーや精神科医の立場にいる 方々は“答え”を出せない人である。あるいは、出してはいけないと言われている人。これまでに体験してきたさまざまな職業や生活的困難を克服し乗り越えて きたので、これらの体験をもとに解決策を自信をもって提示でき、かつ快復させてきた実績の裏付けとともにカウンセリングしている」

Q  「岡田さんはどうして苦しい人の気持ちがわかるのですか?」

岡田 「例えば、医者になるには多くの勉強をしなければならない。また勉強のできる環境がある。私の場合は家庭で虐待を受けてきていたため、家で勉 強ができる状況ではなかった。だからこそ、一日でも早く家を出て仕事をしなければならなかったからこそ、苦しんでいる人たちの心境が手に取るようにわか る」

Q  「英才教育や早期教育はやった方がいいですか?」

岡田 「私は賛成とか反対とかいう意見は思っていない。 要は結果的にその児童が大人になった時、自分自身というものをはっきりと認識し理解できた 時、果して自分はこれでよかったと思うのか、いや別の生き方の方がよかったと思うのか、この部分で判断が自分でできるのかだと考える」

Q  「自分の夢を子どもに託すのは悪いことですか?」

岡田 「これも、良いとか悪いとかの問題ではないと思う。その子自身であったり母親自身が、子どもが成長した時に親に対して『ありがとう』という言 葉を言ってもらえたなら正解ではないかと思う。また子どもが成長し、自分が子を育てる段階になった時、苦しむのならそこで軌道修正すればよいのだと思う。 親子といっても全く同じではなく人格も違うから、母親が達成出来なかった夢を子に託していって、例えば子が挫折した場合、親がよしとして新たな道を歩ませ るようにしてあげることのできる親であればよいのだと思う」

Q  「私は50%タイプだと思うのですが、ダメな人間ですか?」

岡田 「それも良いとか悪いとかの問題ではなく、自分を取り巻く環境・周囲の身近にいる人たちが、よしとしてくれたのならそれでも良いとは思います が、自分によって周囲の人を苦しめているのであれば何等かの形(方策)で、50%タイプの自分が変わっていく必要があると思う」

Q  「ドラマに出ていた子役の子は200%タイプなんですか?」

岡田 「あの子の場合は、50%か200%かの部類よりアダルトチルドレンだということ。母親(大人)をなめてみている。その反面自分が面倒をみて あげないと母親はやっていけないということが判っている。 どんな時でも母親がズルイことをしていたらアダルトチルドレンの子は、その親を反面教師として 正義感を出す。その一方、母親のズルさを真似しようとする子がいる(ドラマのように)。この境界線にいる子だと私は思う。

Q  「しつけと虐待の違いは何ですか?」

岡田 「要は、子どもが成長した時点で、厳しく育ててくれて『ありがとう』ということが言えるかどうか。虐待する親と言うのは、自分の感情ストレス を 子に向けて吐き出すようにする。その時のイライラした感情や都合により、子が良いことをしても悪い方へ子を仕向ける。他の人からは褒めてもらえるの に、自分の親だけが詰るように接することに何か疑問と違和感を抱いてしまう。 私はその時、母親に対して『どうしたら私はいい子になれるの?』と問いかけ 続けていたが、親から『お前が考えろ』と言われ、何も教えようとしなかった。虐待を受けて育った子は、常に自分が良い人間なのか悪い人間なのか自分には判 断できない立場のまま成長してきている。自分がどうしたら親に好かれるのか…、虐待されずにすむのか…、ぶたれずにすむのか…と常に頭の中をよぎる。躾を しているという親というのは、虐待をしている親と同じようなことをしていても、相手(子ども)が納得できるように最後まで責任をもって言葉を投げかけてく れている。答えを幼少期にしっかりと出してもらえれば子どもというのは厳しい躾であっても、虐待とは感じない。長年疑問を感じたまま成長して大人になった とき、何かがきっかけとなって親に虐待されていた自分に気が付く。と、私はそのように思う。

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2013年11月11日TBSで放映された番組「Nスタ」報

道特集“直アタリ”~赤ちゃんがモノに見えた・告白 我

が子を虐待する母親たち~という番組と、フジTV制作の

連続ドラマ「リーガル・ハイ」脚本古沢良太・百瀬しのぶ

ノベライズ 扶桑社文庫刊より抜粋

“CHAPTER8 親権を奪え!天才子役と母の縁切り裁判”が流された。

以下この二つの番組を、放送された内容に忠実に従いシナリオ形式で記した。 なお呼称については放送されたものに準ずる。

TBS「Nスタ」報道特集番組 2013年11月11日放送より

直アタリ!「赤ちゃんがモノに見えた」

~告白 我が子を虐待する母親たち~

N(男性ナレーションの声)

「東京新宿にある市民活動団体サークル・ダルメシアン。ここに児童虐待と向き合っているカウンセラーがいます」

○画像

虐待専門カウンセラー岡田ユキの

【虐待根絶マニュアル】パンフの投影画像が映る。

○岡田ユキのアップ

N  「岡田ユキさん51歳」

○岡田の講演(フォーラム会場)

N  「1996年から児童虐待防止を訴える講演活動や、多くの母親たちの相談にのってきました」

○岡田インタビュー

岡田 「人を助けられることをしたら、どうすればいいのか。どんどんメールが来て『会いたいです』ということになり、会うことが本当に大切なんだと思った」

○岡田 舗道を歩く姿にインタビュー

Q(質問)「今日はカウンセリングということですか?」

岡田 「ハイ!先日メールを頂いて、子育てで悩むお母さんのカウンセリングです」

○和室・天上部からの撮影画面(岡田カウンセリング)

N  「この日カウンセリングにきたのは、1児の母30代のまり子さん(仮名)。まだ自分の感情をコントロールできず、子どもに対し四六時中罵声を浴びさせてしまうと言います」

○机を挟み 岡田とまり子さん

岡田 「躾で厳しくしてしまう!?」

まり子「そうですね。怒っている自分が嫌だった(自分を虐待した)母と同じで…。そうならないようにと思ってきたのに、結局は同じことをしていて、子どもの反応も自分の顔色をうかがっていて、自分が辛かった子どもの時と同じことを繰り返している。 そのことに自分がパニックになってしまう」

N  「まり子さんは物心ついた時には、母親に恐怖心を抱いていました。 何をやっても怒鳴られ意味が判らない。 常に母親の顔色をうかがいながら生きて来たと言います」

まり子「常に、お母さんの反応をうかがって、怒らないようにって。 緊張しているっていうか、そういう状態だったと思います」

N  「長い間、胸の中に閉じ込めていた思い。 カウンセリングの一環でまり子さんが書いたものには、母への憎しみが綴られていました」

○手紙の文字

声  「怖かった、辛かった、泣きたかった、楽しくなかった、心を開けなかった」

○公園・まり子さんのインタビュー

まり子「自分が親と同じ母親になるのは、凄い恐怖で自分の子どもにそういう辛い思いをさせることが、耐えられないと思っていたので、本当にその思いで子どもは作らずにいました」

N  「結婚して9年間、子どもを作らずにいたというまり子さん。しかし彼女は、夫の希望もあり出産しました。その後、我が子に対して怖れていた感情が生れたのです」

まり子「赤ちゃんがすごい不思議な存在に思えて、自分が産んだ子どもというより、何か小さなものがここに居るという感じで、自分の子どもっていう実感はなかった。ただただ不思議な存在で『あー、赤ちゃんがここに居るわ』という感じ。

○自宅(まり子さん宅)

・子どもと戯れている。

N  「半年、一年と子育てをしていくうちに、自分の子どもだと頭では理解していったというまり子さん…。しかしそれは愛情と呼べるものではなかったといいます。 ・・・そして」

まり子「だんだん自分が、お母さんと同じことをやっていると気付き始めた。ガーッ!て口で、自分の機嫌で怒っちゃうというか、イライラした気持ちをそのまま子どもにぶつけちゃうっていうか…」

Q  「言い方や口調は?」

まり子「いやァ、きついですね。決して小さな子どもに言う様な感じではなく、自分の腹が立っているのをそのままぶつける感じ」

N  「気が付けば、まだ言葉も話せない子どもに対し、罵声を浴びせていました。子どもが悲しそうな顔をすると、自分が責められている気持になり我を忘れてもっと激しく怒鳴り続けたといいます」

まり子「ごめんねって思うけど、すごい辛く当たってしまう。自分の嫌な部分を見てしまうから、ぶつけている自分がすごく嫌いだったけど出来ればぶつけたくない」

N  「このままでは、子どもに手を上げるようになってしまうというジレンマから、岡田さんにカウンセリングを依頼したのです」

○和室・岡田とのカウンセリング

まり子「自分が何を考えているのか、何をしたいのか自分が判らない。子育てのマニュアル本とやっていることが違う・・・」

N  「カウンセリングの最中、突然泣きだしてしまったまり子さん」

○岡田インタビュー

岡田 「私も含めてなんですけど、みんな同じパターンで苦しんでる」

N  「今では、悩む母親の相談にのる岡田さんですが、実は自身も辛い過去があるのです」

○画像テロップ

・“壮絶な過去”の文字に岡田の投影

○岡田の幼少期写真

N  「彼女は実の両親、二人の兄たちから長い間虐待を受けてきたといいます」

○岡田インタビュー

岡田 「母親が『昨日あんたの寝顔見て、お父ちゃんとタオルで首絞めて殺そうかと言っていた。だけど、お母ちゃんが殺したら殺人になるやろ!あんたが独りで死んだらうちの家庭はうまくいくと思うで』って」

Q  「ショックじゃなかったですか!?」

岡田 「ショックではない!(きっぱりと)。それで皆がうまくいくって言うんです。 アー!私がやっと家の中で貢献できると思った」

○画像 大量の錠剤薬と鋭利な刃物

N  「何度か自殺を図ったという岡田さん」

○写真 岡田と子どもと元夫の浴衣姿

N  「母親からの虐待は、家を離れ子どもを産んでからも続いていたといいます」

○写真 子どもを肩車する岡田の笑顔

N  「しかしある時、自分の子どもからの一言で救われました」

○写真 セピア色に変わる。

画像テロップの文字に子どもの声が入り

声  「おばあちゃんがおかしい。おかあさんはわるくない」

○岡田 フォーラム講演中の姿

N  「我が子のお陰で立ち直れたという岡田さん。だからこそ悩める母親たちの役に立てると思っているのです。そんな岡田さんには、もう一つの顔があります」

○岡田 ドレス姿の衣装で唄っている。

N  「カウンセラーをやりながら、歌手として生活しているのです」

○東京新宿歌舞伎町・クラブ愛本店内

まり子さんが店内階段を下りて行く後ろ姿。

まり子「すごい緊張しています」

N  「この日、岡田さんがショーを行う新宿のホストクラブに、まり子さんを誘いました」

○ホストクラブ店内 テーブル席

岡田がまり子さんのグラスに酒を注ぐ。

岡田 「今日は楽しんで貰って、家に帰ってからは家族に優しく接せられるように!」

N  「岡田さんは、自らの体験から追い詰められた母親には、閉鎖的な家庭環境から抜け出してもらい、息抜きをすることも大事だと言います」

○店内

ホストに囲まれて楽しむ岡田とまり子さん。

ホスト「・・・ちょっとした!?」

岡田 「今日は一日、いろんなことに気付いているから」

N  「突然涙が溢れ出したというまり子さん。毎日子どもと二人っきりの空間で声を荒らげる自分。息詰まった気持ちが解放されたのでしょうか」

岡田 「自分が解放できるようなことを、ちょっとずつこれから実践していく。たまには、こういう場所を作って楽しんでもらえたらいいなと思います(まり子さんへ投げかける岡田)」

N  「カウンセリングを受けて、徐々に母親の呪縛から解放され、母親への憎しみもだいぶ薄れてきたというまり子さん」

○店外 路上

Q  「(育児問題は)解決できそうですか?」

まり子「そうですね。母と同じになってしまうのではということが本当に恐怖だったので、母には出来なかったことが出来たので、子育ても母とは違う形でやっていけるのではと思います」

○新宿歌舞伎町

街の雑踏へ消えていくまり子さんの後姿。

N 「まり子さんは、子どもと夫が待つ自宅へ帰っていきました」

フジテレビ制作連続TVドラマ

「リーガル・ハイ」

CAST

古美門研介・・・堺雅人

黛真知子・・・・新垣結衣

三木長一郎・・・生瀬勝久

沢地君江・・・・小池栄子

加賀蘭丸・・・・田口淳之介

井手孝雄・・・・矢野聖人

服部・・・・・・里見浩太朗

CHAPTER8

《親権を奪え! 天才子役と母親の縁切り裁判》

疎開先から帰ってくると、あたりは一面焼け野原となっていた。少女は、その中にたたずむひとりの女性を見つけ、駆け出していった。

「…お母ちゃん!」少女は母親に抱きついた。

「よう帰ってきたなあ!」母親もぎゅっと抱き締める。

「戦争、終わったんやね?」

「そうや、終わったんや…もう離さへんよ」

「これからウチ、ぎょうさん働いて、お母ちゃんを幸せにしたる! ウチがお母ちゃんを幸せにするんや!」

健気な娘の言葉を聞いた少女を強く引き寄せた。 そんなふたりを夕日が包んで…。

「はいカット! OKでーす」ディレクターの声がかかると、

「お疲れさまでした!」少女はパッと母親役の女優から離れ、笑顔を見せた。

人気子役の安永メイだ。付き添いで来ている母親、留美子と、マネージャーの梶原を見ると、さっと仏頂面に変わった。

「ちょっとやりすぎだったんじゃない?」

留美子は、ズンズン歩いていくメイに声をかけた。

「今どきの視聴者は大げさだとシラけるわよ」

小言を言う母親を無視して、メイはスタッフたちに「お疲れさまでした~!」と満面に笑みを浮かべ、撮影現場をあとにした。

数日後。黛は戦時中を生きる少女が主人公のドラマを見て、涙を流していた。

「天才子役、安永メイさんですね」お茶を淹れに来た服部が画面を見て言う。

「メイちゃんにはいつも泣かされます。 永遠の理想の娘ですね」

思い切りティッシュで鼻をかむ黛を見て、古美門がバカにしたように笑っている。

「成功する子役なんて二通りだろう。大人の金儲けのために鞭打たれる哀れな操り人形か、大人の顔色を見て手玉に取るマセたクソガキ。彼女はどっちだろうね」

「どちらでもないと思います!」黛は憮然として言った。

「…服部さん、あの方は子どもの時からああなんでしょうか?」

「さあ、私は先生にも無垢なる少年時代がおありだったと思いますが」服部はハハハ、と笑って、昼食の給仕をしている。

「無垢なる少年時代…どうですかね」黛は顔をしかめた。

古美門は黛と服部の話を聞きながら、少年時代を思い出していた。―――あれは小学校四年生の時の十二月。放課後の教室で、女子生徒たちがクリスマスツリーの飾りつけをしていた。彼女たちがサンタクロースの話で盛り上がっているのを聞きつけた古美門少年は、話の水をさすように「サンタクロースなんているわけないだろ」と皮肉な笑みを浮かべてつぶやいた。

「サンタにプレゼントもらったもん!」佐藤真弓という女の子が必死に訴えてきた。

「四年生にもなって本気で信じてるとは驚きだ。あんなもんは玩具メーカーの策略に踊らされたバカな大人たちの自己満足イベントにすぎないんいだよ」

「じゃあ誰がプレゼントしてくれたのよ?」

「愚問だね。一度寝たふりをして薄目を開けてるといい。忍び足で枕元にプレゼントを置くお父さんの間抜けヅラが見られるだろう」

古美門少年が言うと、真弓はうわーっと泣きだしてしまった。

夕方、高級マンションのリビングでメイがマンガを読んでいると、ばっちり着飾った留美子が顔を出した。

「メイ、ママ、太陽テレビの皆さんと会食ね。明日は衣装合わせだから早く寝なさいよ」

そう言い残して出かけていく留美子を確認すると、メイは携帯を手に取った。

「ヒデくん、来ない?ユウキくんもいいよ。 大学の先輩?いいよ、連れてきなよ」

そう言って、キッチンの冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出した―――。

翌朝、メイが目を覚ましたのは病院だった。その間の記憶はなかったが、急性アルコール中毒で倒れ、救急車で運ばれたらしい。

「とりあえず当面の間休養とだけ言っておいたけど、記者会見は開かないと」廊下から梶原の声が聞こえてくる。

「駄目よ。急性アルコール中毒なんて言ったら、子役生命終わりよ! 体調不良で押し通しなさい!」留美子がヒステリックな声を上げた。

「私はメイの母親であり、所属事務所の社長よ。あなたは社員でしょう!」

ふたりが激しく口論している隙に、メイは病室から抜け出した。

『安永メイ、無期限休養』『暴かれた人気子役の荒れた私生活』などの見出しが躍る週刊誌を、黛は庭の隅でこっそり読んでいた。と、寝起き顔の古美門が伸びをしながらリビングに降りてきたので、慌てて雑誌を隠したが…。

「飲酒、喫煙、男遊びのフルコースか。マセたクソガキ説が正解だね。」

古美門はしっかり、メイのスキャンダルを知っていた。

「週刊誌なんて面白おかしく適当なことを書くものです」

黛が言い返したところに、服部が電話の子機を持ってやってきた。

「先生、お電話です。安永メイさまから」

「安永メイ?」

古美門と黛は顔を見合わせた。

指定されたホテルのスイートルームに入っていくと、メイはエステシャンに足をマッサージさせながら、ルームサービスを食い散らかしていた。

「モンペを穿いて芋の蔓(つる)ばかりかじっていたが、現実はだいぶ違うようだね」

古美門は最大級の嫌味を込めて言ったが、

「あなたが噂の最強弁護士、古美門さんね?」

メイもひるむことなく、不敵な笑みを浮かべた。

「世間は君が入院中だと思っているが、ここで何を?」

「なじみの支配人に頼んで、かくれんぼ」

「私を呼んだ理由は?」

「あなたを雇いたいの。お金ならあるわ」メイは試すような目で古美門を見る。

「だろうね」古美門も同じように、メイを見た。

「マスコミを名誉棄損で訴えるおつもりですか?」黛はふたりの間に割って入った。

「マスコミ? 記事は全部本当のことよ。おとなしいくらい」

その時、ドアが勢いよく開いた。人のよさそうな中年男が肩で息をしている。

「マネージャーの梶原。私が呼んだの。あの女にここにいること言ってないでしょうね?」

メイは梶原にとびきり横柄な態度だった。

「今も心配して探し回ってるよ…こんなことやめよう。これ以上マスコミの餌食(えじき)になってどうする?」

「弁護士を雇ったわ。あの女にも雇うように言っといて」

「まだ引き受けたわけではないよ。何をはじめるつもりだい?」古美門がメイを見据えた。

「あの女と縁を切らせて」

「あの女って?」黛が尋ねると、

「母親よ」メイはあっさりと言い放った。

「お母さんと縁を切るなんて、何をおっしゃってるんですか?」と、黛はメイに訴えた。

「親権を取り上げることができるって聞いたわ」

「それは、虐待などの行為が明らかな場合であって…」黛がオロオロしながら説明しようとすると、

「この私を見て。仕事と夜遊びに明け暮れて、肺は真っ黒、肝臓はボロボロ。十二歳よ」と、メイが何食わぬ顔で返してきた。

「母親の虐待そのものだというわけだね。面白い」古美門は楽しげだった。

「面白くありませんよ。メイさん。お母さんとよく話し合いましょう、親子なんだから」黛が至極まっとうに説明しようとすると、

「もうそういう段階じゃないのよ。ね、梶原?」メイはそう言って梶原を見た。

「事務所社長と母親業をひとりで頑張ってる、いいお母さんだよ。だいたい、子どものおまえに法的手段なんてとれるわけないんだ」留美子をかばう梶原を遮ったのは、古美門だった。

「それがとれるのです。奇しくも今年改正民法が施行され、現在では子ども自身が請求権者となって親権喪失や停止を申し立てることが可能なのです」

黛はこんな裁判なんてあり得ない、とばかりに「本件のような事案で適用されるか定かではありません」と、メイを説得し続けたが、

「だからこそ私たちが最初の裁判を勝ち取るのだよ」古美門はどうやらやる気満々だ。

「親子を引き裂く手伝いをするんですか?」

「古今東西のあらゆる子役の悲劇をすべて一身に抱え込んだようじゃないか。マセたクソガキでもあり、哀れな操り人形でもあったわけだ。メイくん、いささか難しい仕事になりそうなんだが…」古美門は意味ありげに指をこすり合わせる。

「二千万でどう? CM一本分」メイはあっさりと高額な弁護士料を提示した。

「家庭裁判所に対し、お母さんの親権停止の審判を求める申し立てを行おう」

古美門はにんまりと笑い、メイの依頼を引き受けた。

「冗談じゃないわよ。私があの子のためにどれだけ苦労してきたか、そうでしょ梶原? 私はあの子に仕事を強要したことなんてありませんし、学校だってあの子が行きたがらないんです!」

その夜。スーツで決めた留美子は、三木法律事務所で歯をギリギリ言わせていた。

「なぜ、このようなことを言い出したんでしょう?」沢地が尋ねると、

「ひとつは、お小遣いの件でしょうね」即座に梶原が答えた。

「あの子、カードを勝手に使ってブランド品を買いまくったんで、欲しい物は私に言って買うことにしたんです。それが気に入らないのよ」留美子が当然とばかりに言う。

「もうひとつは、あのことを怒ってるんでしょう」梶原がちらりと留美子を見た。

「三十すぎのスタイリストと付き合ってたんで、無理やり別れさせたんです。当然でしょ?」

「ようするに、遊ぶお金と好きな男性を自由にするため、親の監視下から逃れたいと。これはいわゆる…反抗期、ですよね?」沢地が言うと、

「そうですよ!単なる子どものわがままです! 裁判所が相手にするはずがありませんよね?」留美子も同意して激しくうなずいた。

「通常なら即座に却下されるでしょう。ただ本日発売の週刊誌に、このような特集が」

そう言って、三木がかたわらから週刊誌を取り出した。表紙には『酷使される子役の現実』とある。

「ネット上でもアクセスがランキングトップに」沢地が付け足すように言うと、

「向こうの弁護士がさっそく仕掛けたようです」三木が顔をしかめた。

「弁護士がこんなことを…?」留美子がまあ、おそろしい、という顔をした。

「信じられないでしょうが、金のためなら親子の絆も平気で踏みにじる弁護士がいるんです。家庭裁判所は、おそらく審問を開くでしょう」三木は言った。

「審問?」梶原が三木たちの顔を見回す。

「通常の裁判とは違い、非公開で当事者などから話を聞くんです」井手が答えた。

「ご安心ください。我々が責任を持って却下に追い込みます」自信満々の口調の三木に、

「よろしくお願いします!」と留美子が頭を下げた。

メイは古美門法律事務所のリビングで、蘭丸とトランプをしていた。 問題が解決するまでメイを事務所で預かることになったのだ。

「蘭丸、弱過ぎ、つまんない!」メイはトランプを放り出し、むくれている。

「先生、俺、子守りのために呼ばれたわけ?」蘭丸は不満そうだ。

「大先輩のお相手なら光栄だろうと思ってね。芸歴はベテランだよ」古美門が何食わぬ顔で言うと、

「蘭丸君て、役者志望なんですってね」黛が意味深に声をかけた。

「志望じゃなくて、役者。来月も劇団の舞台に立つしね」

蘭丸は憮然として答えた。

「なんの役?」メイが興味をしめした。

「シャイロック」

「『ベニスの商人』ね。やってみて。見てあげるわ」メイが上から目線で言う。

「こんな機会めったにないぞ」と、古美門もけしかける。

『奴は俺をバカにした。ことごとく俺の邪魔をして…』

蘭丸が演技をはじめた。強欲な金貸しのシャイロックを、いかにも悪役っぽい顔を作って演じてみせた途端に、メイに遮られた。

「はいはいはい。陥りがちな失敗ね。シャイロックは悪役だけど、血の通った人間でもあるのよ。そこがシェイクスピアの深いところよ」

「はい、服部さん!」いきなり、古美門が振ると、

『…奴は俺をバカにした』服部が悲しみの情感を込めた演技を見せた。

「うまい!」メイが感心して手を叩いた。

三木と沢地はオフィスでワインを傾けていた。

「やはりこんな理由で親権停止や喪失が認められた例なんてひとつもありませんよ。あまりにバカげてます」ひとり資料を読んでいた井手が顔を上げて言う。

「そのバカげた訴訟で歴史的大敗をなさったこと、お忘れですか、井手先生?」

沢地の先日の、東京ゲッツ対無茶なオバちゃんの裁判の話題を蒸し返した。負けるわけがないと豪語していた井手の、屈辱の敗退記録だ。

「古美門先生は、不可能を可能にする方ですよ。ねえ、三木先生?」

「…引きずり出してみるか。最終兵器を」

三木は何かを企むような顔で言った。

鹿児島県内のとある街―――。 古風な一軒家の庭先で、エイ! エイ! という気合いのこもった声が響いていた。 矍鑠(かくしゃく)とした老人が、木刀で素振りをしている。と、家の中で電話が鳴り響いた。

家庭裁判所の家事審判廷で、最初の審問が開かれることになった。

「また三木先生たちが相手なんて、もつれそうですね」席に着いて準備をしながら、黛が言った。

「手強いの?」メイが黛を見上げる。

「全然。私に手強い相手はいない」古美門がしれっと言ったとき、三木と井手、そして留美子が入ってきた。メイは露骨に留美子から目を逸らした。

「もはやみなさんは私のことが好きなんじゃないかと思えてきましたよ」

余裕の口調で嫌味を言っていた古美門の目が、突然、点になった。三木たちに続いて年配の男性が入ってきた。

「ああ、こちら、本案件を手伝っていただく古美門清蔵先生」

三木が黛に言った。

「古美門…? 初めまして、黛です」黛はその老人に挨拶をした。

「古美門清蔵です」老人は落ち着き払った声で言った。

「古美門研介です」古美門も平静を装って返した。

「そう言えばおふたり、同じ名字でいらっしゃいますね」井手が言う。

「古美門清蔵先生は、長年九州地方を中心に検察官として辣腕(らつわん)を振ってこられた方だそうです」

「九州の法曹界では知らない者がいないほどの鬼検事でいらした。今回、無理を言ってご協力ねがったんだ。親権問題は慎重を期さねばならないからね」三木は誇らしげだったが、清蔵も古美門も無言のままだった。そこに裁判官が入室してきて言った。

「では、申立人安永メイによる、安永留美子の親権停止審判申し立てについて審問をはじめます」

清蔵の顔を見た途端、古美門の脳裏に小学校四年生の時の記憶が蘇ってきた。

―――古美門少年は清蔵の書斎に呼び出され、直立不動で立っていた。

「佐藤真弓ちゃんのお母さんが抗議に見えました。君はサンタクロースはいないと言ったそうですね」清蔵は机で仕事をしながら、古美門のほうを見ずに言う。

「なぜ、そんなことを言ったのですか?」

「本当のことだからです。嘘を信じているほうがバカだからです」

「サンタクロースは存在しないという根拠は?」

「だって嘘だから。いないものはいない。見たことないし」古美門少年は答えた。

「根拠を示しなさいと言っています。自分が見たことのないものは存在しないということですか?」

清蔵は振り向きもせずに、十歳の息子を問い詰めて言った。

「僕だけじゃなくて、世界中誰も見たことないんです」

「世界中の人間にインタビューしたんですか?」

清蔵の執拗(しつよう)な問いかけに、古美門少年は返事ができないままだった。いつもそうだ。

「地球外生命体を見た者はいないが、この広い宇宙のどこかに存在するだろうと考えられています。 見たことがないから存在しないという論旨はなりたちません。その上で、サンタクロースが存在しないという根拠は?」

根拠は、と言われても…清蔵だけは論破できない。

「君は根拠もないのに、勝手な見解でクラスメートを傷つけたわけですね」清蔵は引き出しから財布を出し、古美門に千円札を渡した。

「文久堂のカステラを買い、今すぐ謝罪に行きなさい。ちなみにそのお金は君のお年玉に用意していたものなのでそのつもりで」

清蔵は冷徹な口調で言い、またすぐに仕事に戻った。

家事審判廷では、審問が続いていた。古美門は過去の記憶を頭から払い、提出した主張書面の説明をしていた。

「メイさんは、実に生後七カ月から芸能界で馬車馬のごとく働かされてきました」

オムツのCMがメイのデビュー作だった。

「母、留美子さんには、ご自身も女優として活躍したが挫折した過去があります。その無念を我が子に託したのです」

それ以降、メイは子役タレントとして人気を保ってきた。黛がメイと留美子の関係を説明した。

「ご主人との離婚により、一層メイさんを芸能界で成功させることに傾倒していきました。一卵性親子と称されることも。四年前、主題歌も歌ったドラマ『パパの恋人』が大ヒット。メイさんが大ブレイクすると、梶原マネージャーを引き抜き、自身が社長の個人事務所を設立」

古美門があとを引き継いだ。

「メイさんはほとんど学校へ行けなくなりました。 産業革命時代、炭鉱で働かされた子どもたちを想起するのは私だけでしょうか。 翻って留美子さんは素行がどんどん派手になっていきました。 メイさんの稼いだお金でブランド品を買い漁り、毎晩のように遊び歩く。 時には多感な年頃のいるメイさんの自宅で、様々な男性と様々なことを楽しみました」

嫌で嫌でたまらなかった、とメイは言っていた。

「メイさんには友達がいません。 父親もすでに再婚し家庭がある。頼れる相手はいないのです。孤独の中で苦しみ、とうとう急性アルコール中毒で命を落とすところだったのです。 まさに悲劇です! 民法第八三四条の二第一項に基づき、母親である安永留美子の親権停止の審判を申し立てるものです」

古美門の言葉を聞き、怒り心頭に発した留美子が思わず立ち上がろうとしたが、三木がそれを制して口を開いた。

「私には、娘とともに必死で人生を切り開いてきた美談に思えますが」

「娘を吉原に売った金で遊び呆けるのが美談ですか」古美門が得意の皮肉な口調で言う。

「留美子さんは、芸能活動を強要したことはなく、すべてメイさんの意思だったそうです」三木が反論し、

「九九もあやふやなようでは親の義務違反です」古美門が即座に反した。

「家庭教師を雇って勉強させていました!」留美子が叫ぶと、

「イケメンの慶応大生といちゃつきたかっただけじゃない」メイが冷ややかに言った。

「…なんですって?」

「あなたは金と男のために私を利用してきたのよ、ビッチ!」

そうメイが言い放つと、留美子の中で何かが切れた。

「ビッチはどっちよ。共演する男の子と手当たり次第!私がどれだけイメージ守るために火消しをしてきたと思ってるの?」

「私が稼げなくなると自分が困るからでしょう?」

「あなた、単にあのスタイリストとのことを恨んでるだけじゃないっ!」

「自分も狙ってたからね!」

ふたりは場外乱闘状態だ。

「まあまあ、落ち着きましょう!」黛が慌てて間に入った。

「裁判官、このような親子関係で健全な発達が望めると思いますか? 前例のないケースではありますが、裁判官には子どもの福祉の観点から思い切ったご判断をしていただきたいのです」古美門が裁判官に訴えると、

「古美門先生のご意見を伺ってはいかがでしょうか? あ、古美門清蔵先生」

井手が清蔵を促した。 ずっと沈黙していた清蔵に一同の視線が集まった。

「…親権を停止させて、どうしたいのか」清蔵は重みのある声で言った。

「メイさんは更生したいのです。芸能活動を休止し、勉学に励み、通常の人間関係と社会を学びたいのです」古美門が答える。

「留美子さん、それは受け入れられないんですか?」清蔵は留美子に尋ねた。

「いえ、メイが望むなら受け入れます。私はこれまでも仕事が嫌なら辞めていいと言ってきたんです」

「これで済んだ」清蔵はこれ以上議論する余地はないと言わんばかりに言い、目を閉じた。

古美門は、すぐさま反論した。

「メイさんにとって、『辞めてもいい』という母親の言葉は、『辞めたら許さない』という脅迫にほかなりません」

「なぜそうなる?理解に苦しむね」三木が言う。

「メイさんは、物心つく前から留美子さんの求める幸せこそ自分の幸せなのだと教育されてきたんです。一種の洗脳教育です。メイさんは今、その洗脳から懸命に逃れようとしているのです。留美子さんのもとではそれはかないません」

古美門の言葉に、「洗脳…?」と、清蔵がピクリと反応した。

「洗脳の定義とは?」

「一般常識と異なる価値観や思想を植え付けることです」

即座に返す古美門を無視して、清蔵が黛に話しかけた。

「…黛先生でしたね?」

「あ、はい」いきなり使命され、黛は緊張気味に背筋を伸ばした。

「ご家族だけの習慣はおありかな? 黛家だけのルール」

黛は、ふっと思い出し笑いを浮かべ、「うち、誕生日には、おめでとうって言って、ほっぺにチュッとやるルールだったんです。だからみんなそうなんだと思って、誕生日のクラスの男の子にキスしようとして、すごい引かれたんですー!」と、手を叩く勢いでひとり、爆笑した。が、周りはみな、しんとしていて、黛は慌てて黙り込んだ。

「なんですか、このぬるいあるある話は」古美門は清蔵に尋ねた。

「黛先生も洗脳教育を受けている」

「そんなものは洗脳とは言いません」

「しかしあなたが言われた定義に合致するもので」清蔵の言葉に、古美門は黙り込んだ。

「あなたは言葉をよく知らずに使ってらっしゃるようだ。

洗脳とは、暴力などの外圧を用いて特殊な思想を植え付けることであって、子どもの教育に対して行われる場合はマインドコントロールという言葉を使います。 もう少し勉強されては? 親が自分の信じる幸せを子に求めるのは自然なこと。メイさんは、極めて正常な発達をされていると思われます。喜ばしい。以上」

清蔵はかすかに笑みを漏らし、話を終えた。

「信じられないわ、何が最強弁護士よ」

事務所に戻ると、メイはさっさと二階へ駆け上がってしまった。

「芳しくなかったようですね」服部が古美門と黛の顔を見た。

「古美門先生のあんな姿を見たのは初めてです。 いつもは一言われたら十言い返すのに、防戦一方というか、ぐうの音も出ないというか、サンドバッグ状態というか、蛇に睨まれたカエル…」

「たとえが多すぎないか?」古美門は黛の言葉を遮った。

「古美門先生とは、どういうご関係ですか?」黛が尋ねると、

「…関係などない。続柄としては、私の父だがね」何食わぬ顔で古美門が答えた。

「父と思ったことはない」

「私は正直言って、お父さまのご意見に心打たれました。私思うんです、親子の問題を解決するのは、法ではなく、親と子の絆のはずだと」熱く語る黛に、

「親と子の絆ね…」古美門は、はあ、と小さくため息をついた。

三木は清蔵を連れ、オフィスに戻った。

「私はもういいでしょう、あとは君たちに任せて帰ります。相手も案件も、くだらなすぎます」

そう言って、清蔵はこの案件から降りようとしたが、「最後までやっていただきます」と、三木は清蔵を引きとめた。

「九一年、商社脱税事件。駆け出しの検事だった私は、あなたに魅了されました。 以来、目標でした。彼を私が採用したのも、あなたのご子息ならば、育ててみたいと思ったからです。しかしその結果、どんな悲劇を招いたかは…あなたには言いますまい」三木は首を振り、話し続けた。

「古美門研介という法律家は、あなたが産み、私が完成させた化け物です。 私たちは、共犯なのです。ご子息を葬りましょう」

「・・・」清蔵は、何も言わなかった。

―――千円をもらってカステラを買った。だけど…。古美門少年は家に帰る途中の原っぱでバリバリと包みを開け、カステラを口に放り込んだ。と、背後に人の気配を感じた。

「なぜ、君がそれを食べているのか、説明しなさい」背筋も凍るような、清蔵の声がした。古美門少年が何も言えなかったのは、口の中がカステラでいっぱいだったからではない。

「何でもいい、私を説得してみせなさい」

清蔵に言われ、古美門少年はカステラを懸命に咀嚼(そしゃく)し、立ち上って口を開いた。

「真弓ちゃんはカステラが苦手なので持って帰りなさいと言われたからです」

「真弓ちゃんは、カステラが大好物だという情報を得たから、私は君にカステラを持っていくように言ったのです。それくらい予想できませんでしたか? 頭の悪い子は嫌いです。中途半端な人生を送るくらいなら、家名に傷をつけないよう、どこか遠くへ消えなさい」

清蔵はそれだけ言うと、古美門少年を放ったままで立ち去った。

「…いないのに…サンタクロースは…いないのに…」

古美門少年はぎゅっと拳を握り締めて泣いた。 家を出よう。父を見返そう。古美門はこの時、強く決心したのだった。

朝、古美門たちが食事をはじめても、メイは降りてこなかった。

「メイさまはまだ起きてこられないのでしょうか」服部が心配そうに二階を見上げた。

「完全に昼夜逆転です。勉強も見てあげたんですが、だいぶ遅れてますね」黛が言ったとき、チャイムが鳴った。

「気にすることはない。九九はあやふやでも、出演料と源泉徴収の計算はできる」古美門が紅茶を飲みながら言った。

「それが不健全だと思うんです」黛が言い返すと、玄関に出ていった服部が戻ってきた。服部の背後からやってきたのは…清蔵だった。清蔵は部屋の中を見回している。

「なんのご用ですか、古美門先生?」古美門がよそよそしい口調で尋ねた。

「スカイツリー見物のついでに」清蔵は言った。ふたりの緊張感あふれるやりとりに、黛も思わず硬直した。

「古美門先生、申し立てを取り下げなさい」だしぬけに清蔵に言われたが、

「お断りします。服部さん、お帰りです」古美門はにべもなく断った。

「君は、メイさんに自分を重ねているようだ」

「十代であなたと縁を絶ち、自分で人生を切り開いてきたからこそ、今の私があります」

古美門は表情を変えず、言い返した。

「今の君とは? まさか、今の自分が成功者だと思ってるわけじゃあるまいね。ドブネズミが高級スーツを着ているようにしか見えない。弁護士などなるべきではなかった。君は昔から卑怯で卑屈で、そしてなにより頭が悪すぎた」

古美門は何も言い返さなかった。

「無論、君を徹底的にしつけ、教え込むことを放棄した私の責任です。君はもはや手遅れだが、あの親子は間に合う。よく考えなさい」

父親である清蔵の冷たい物言いに、古美門がようやく口を開いた。

「…スカイツリーは大きいですよ、昭和の電波塔よりはるかにね。時代は変わったんです」

「見てみるとしましょう」清蔵は言い、「見送りは結構」と服部を制して出ていった。

「…先生とお父さまも問題の根が深いようですね」黛がしみじみと言った。

「サンタクロースをいくつまで信じていた?」唐突に古美門が黛に尋ねた。

「夜中に不法侵入してきて、荷物を置いていくという老人のことだよ」

「私は…今も信じてます」

「なんだって?」古美門の声が裏返った。

「今もサンタクロースはいると思っています」

「君の愚かさはいつも予想の上をいくね。もういい。朝ドラの家庭はくだらないな。服部さんはどうですか?」

「私の少年時代に、サンタクロースというシステムはございませんでした」

「それは失礼」

「…私はサンタなんて一度も信じたことはないわ」

いつに間にかメイが後ろに立っていた。揺るぎないメイの顔をみつめて、古美門は決意を込めて「必ず勝とう!」と、メイに言った。

後日、古美門たちは梶原を喫茶店に呼び出した。梶原はマスコミの対応に追われっぱなしで、日々たいへんな思いをしているらしい。

「梶原さん、次回の審問に出席してもれえませんか? ずっとメイちゃんと留美子さんを間近で見てきた梶原さんに、率直な意見を言っていただきたいんです」

黛が依頼すると、「そう言われても…私には…」梶原はおどおどとハンカチで汗を拭いているばかりだった。

「留美子さんとメイさんの関係は元には戻りません。どちらと手を組むべきかよく考えましょう。金を生み出す天才子役と、それを管理しているだけの母親」古美門が切り出した。

「そういう言い方は…」黛が止めかけたが、

「メイがずっとかわいそうでした…この子は幸せなのかなっていつも…留美子さんは、たしかにひどい」梶原が黛を遮って言った。

「そう述べていただけますか?」

古美門が尋ねると、梶原はうなずいて帰っていった。

梶原は芸能事務所ビルの地下駐車場で、留美子を待っていた。やがて、今日も派手に着飾った留美子が降りてきた。

「やはり接触してきました、向こうの弁護士。留美子さんに言われた通り、言っておきましたよ」

「ありがとう…やっぱり最後に頼れるのはあなたね。今回のことを機に、私自身も少し落ち着こうかと思ってるの。いつまでも若い男の子と遊んでる年じゃないしね。梶原、あなたさえよければ…考えといて」

「留美子さん…」梶原は嬉嬉として車を出した。

三木は、高層ビルにあるオフィスから夜景を見下ろしていた。

「梶原マネージャーの件、うまくいったそうです」

沢地がワイングラスを手に報告に来る。

「却下で決まりだな。国民的人気子役をかどわかし、二人三脚で歩んできた母親との断絶を図ろうとした悪徳弁護士…」

「全国民を敵に回すことでしょう」

「奴にふさわしい」三木と沢地はワイングラスをカチンと合わせた。

第二回審問の日。家事審判廷に梶原もやってきた。

「メイさんの担当マネージャーになってどれくらいですか?」裁判官の問いかけに、

「かれこれ七年です」

「率直なご意見を聞かせてください」

「親権の停止など、あり得ないと思います」梶原はきっぱりと言った。

「…梶原さん?」黛は耳を疑った。

「留美子さんは、深く子どもを愛する母親です。強いて悪かった点があるとすれば、メイをわがままに育てすぎたことでしょう。今後、しっかりとしつけるべきです」

まるで台本を読むような梶原の証言に留美子は口角を上げ、にやりとした。

その直後、古美門がノートパソコンを開き、映像を再生させた。

「梶原さん、これが真面目な母親の姿ですか?」

映像には、「今日は前祝いよー」とホストクラブではしゃぐ留美子が映しだされた。

―――「何かいいことあったんだ?」ホストが尋ねると、「私の美貌で男をひとり落としてきたのよ」と、留美子が上機嫌で答えている。

「加齢臭のひどいおっさん。裁判に勝つために芝居打っただけなのに、コロッとその気になっちゃって!」

「俺も応援してるよ。勝ってくれないとここにも遊びに来れなくなっちゃうもんねー」

「蘭丸ちゃんに会えなくなったら困る~!」―――。

ホストに扮した蘭丸が隠しカメラに向かってVサインをしたところで、映像は終わった。梶原は顔を強張らせ、立ち上った。そのまま出ていこうとする梶原に、

「梶原さん、発言に訂正はありませんか?」古美門が意見を求めた。

「あ、あります…ひどい女です!」梶原は震える声で言い捨てて、出ていった。

「か、梶原…」留美子は顔色を失くしている。

「もう一度だけ開きましょう。ご本人たちの主張を聞いて、最終的に判断します」裁判長が言い、審判は持ち越されることとなった。

「どうしたらいいんですか…メイをうしなったら、私はどうしたらいいんですか?」

三木法律事務所に戻った留美子は、すっかり取り乱していた。

「そんなことにはなりません。裁判所が親子を引き裂く決断を簡単にするはずがありません」落ち着かせようと、三木がなだめたが、

「気休めはやめましょう、形勢は逆転されたと見るべきです」清蔵が平然と言い放った。「姑息な手を使うから墓穴を掘るんです」

「あなたはご子息をわかってない。正攻法でやり合ってどうにかなる相手じゃないんだ」三木がそう言うと、清蔵は黙り込んだ。

「このまま留美子さんが母親失格と見られてしまうかどうかは、最終的には裁判官の心証です」冷静に沢地が言った。

「留美子さんとメイさん、どちらの主張が胸を打つか…」井手がじっと考え込む。

「相手は、天才子役」沢地は留美子をじっと見た。

「留美子さん、こちらで台本を用意します。徹底的に叩きこんで裁判官の心を揺さぶっていただきたい」

三木の言葉に留美子は不安げだった。

「…母に逆らうことなんてできませんでした。なぜなら、母は娘の私を愛していないからです。母が愛しているのは、お金を稼ぐ人気子役、安永メイなんです…!」

メイはわっと泣き出した。黛の目にも涙があふれ…。

次の瞬間、「泣くの早かったかな」メイは涙を拭きながら、ケロッとして言った。

古美門法律事務所のリビングで、メイは台本を手に次回審問会の練習をしていた。

「これぞ天才子役だよ、蘭丸くん」

古美門は皮肉っぽく言ったが、蘭丸は率直に感心し、拍手をしていた。

その夜、留美子のマンションの部屋で、ひとり台本を手に練習をしていた。

「常に娘の幸せを第一に考えてきました。必ず親子関係は…親子関係を修復できます。どうか私たち親子の絆を…」

留美子はつっかえつっかえ、セリフを憶えようとしていたが、うまくできない自分に、そして今の状況に涙が出てきた。

留美子は、突発的に携帯を取り出し、メールを打ちはじめた。

「留美子さん!」

梶原がマンションに駆け込んでいくと、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。急いでバスルームのドアを開けると…ナイフを手にした留美子が倒れていた。手首から血が流れ、排水溝に吸い込まれていった。

翌朝、尋ねてきた三木たちに、傷は浅く心配はないと、梶原が告げた。

「メイは? なんでメイは来ないのよ?」ソファに横たわっていた留美子が不満げに言う。

「知らせましたが…知ったことじゃないと」梶原はメイの反応を正直に伝えた。

「審問には出られそうですか?」沢地がクールに尋ね、三木は床に落ちている台本を拾って、留美子に差しだした。

「酷なようですが、ここが踏ん張りどころです」

すると、横からさっと手が伸びてきて台本を奪った。清蔵がいきなり台本を破ってゴミ箱に捨てた。そして、説得力のある声で留美子に言った。

「思いのままを言えばいい」

朝食を頬張っているメイをちらりと見て、黛が口を開いた。

「やっぱり行ったほうがいいんじゃない? お母さんが自殺未遂をしたのよ」

「そんな大げさなものじゃないって!」メイが苛ついた声を上げた。

「でも親子なんだから…」

「うるさいっ!」メイはテーブルから食器をなぎ払った。

「私は行かないッ! 絶対に行かないッ!」

泣きだしそうな表情を浮かべて、二階へ駆け上がっていってしまった。黛たちは、呆然とその姿を見送った。

「十二歳の子が母親と断絶しようとしている。内心どれほどの苦悩を抱え、血を吐く思いをしているか。君にわかるか?」古美門が黛に言った。その口調は、いつも挑発的なものでも、人を小バカにした調子でもなかった。

「二度と薄っぺらい言葉を吐くな」

「しかしメイさんは、留美子さんの状態がさもわかっているようなおっしゃり方でしたね。まるでもう見たかのように」

服部が口をはさんだ。その言葉の意味を、黛はじっと考えた。

古美門たちは、相手陣営よりも先に家事審判廷に到着した。

「今日でお父さまとも決着ですね」黛は隣の古美門に声をかけた。だが何も答えは返ってこない。メイは、ぶつぶつセリフを反芻している。

「黛さん、お水ある? 水分取っとくと涙出やすいから」

「ああ、はい…」黛はペットボトルを差しだした。受け取ったメイがキャップを開けようとしたが、古美門がさっと奪い取った。

「台本は忘れろ。演技はなしだ」

自分が憶えろって…」メイは驚いている。

「いくらうまくても演技は演技だ。本心を剥き出してぶつかってこられたら勝てない」

「…お父さまなら、そうする?」黛は思わず口走った。

「君は、思いのままを言いなさい」黛の言葉には答えず、古美門は真剣な目でメイを見た。

いよいよ最終審問となった。

「家庭裁判所調査官の報告も検討したうえで、当事者の主張を聞いて結論を出したいと思います。申立人、安永メイさんから」

裁判官が口火を切ると、メイは緊張の面持ちで顔を上げた。

「いいのよ、今の率直な気持ちを言えば」黛はそう言って励ました。

「子役安永メイを演じてきた君は、自分の言葉を持たないのかな?」古美門は、いつもの挑発的な口調に戻っている。

「そんなんじゃないけど…」

「私が代弁しよう。お母さんにこのような仕打ちをしたことを、ずっと後悔しているよね?」メイのそばに来て、古美門が言った。

「常に思い悩み、心が折れそうになるのをこらえている」

「だったら、取り下げればいい」三木が言った。

「心を鬼にして申し立てているのです。愛する母のために」古美門が受けて立った。

「詭弁(きべん)もいい加減にしたまえ。留美子さんは手首を切られた。メイさん、知っていますね?」

三木に問いかけられたメイは、じっと黙っている。

「あなたの仕打ちが彼女を追い込んだんです。しかし、あなたは見舞いに来ようともしない。それが母を愛する娘の行動ですか?」

「会いに行けば、また元の木阿弥(もくあみ)だからです」古美門が強い口調で言い返した。

「留美子さんは過去に少なくとも二度、同じ行動をしています。そうだね、メイくん」

メイがこくりとうなずく。

「一度目は二年前。人気絶頂だったメイさんは、それゆえアンチファンが増え、一時期ひどいバッシングを受けました。メイさんは引退すら考え、その心労で留美子さんは自傷行為をしました。二度目は昨年、新たな人気子役が台頭し、世代交代が叫ばれ、メイさんの仕事が激減した時期。同じく自傷行為をしました。違ったら訂正して下さい、留美子さん」

「・・・」留美子は黙ったままうつむいた。

「メイさんは、その都度激しく動揺し、母のために必死に仕事に取り組み、危機を乗り越えてきたんです。今回もそうなると思いましたか、留美子さん?」古美門は問いかけた。

「そんな計算で自傷行為をしたと言いたいんですか?」口を開いたのは清蔵だった。

「いいえ、問題はもっと深刻です」古美門は首を振り、真剣な表情を浮かべた。

黛が立ち上り、あとを引き継いだ。

「留美子さんにとって、メイさんの成功は、ご自身の成功。メイさんの苦しみは、ご自身の苦しみ…一心同体という比喩表現を超えた危険な領域です…留美子さんは病んでいます。そして中毒症状で倒れるまで飲むのも一種の自傷行為…メイさんもまた、病んでいるんです」

真剣に訴える黛に向かって、清蔵が言った。

「親子手を取ってともに更生する道を探すべきです」

「不可能です。お互いの依存関係を絶たなければ、治療も更生も図れません」

古美門は強い口調で返した。その古美門に対して、清蔵が「親子の絆は、深く強い」と言った。

「絆が強いからこそ、困難なのです」古美門は揺るがぬ様子で答えた。

「成功が欲望を呼び、欲望が破滅を呼ぶ。自分の存在が母を不幸にするとメイさんは知っています」

「メイさんは、会いに行きたい気持ちを必死に押し殺して留美子さんを無視しました。 留美子さんを救いたいからです…大好きなお母さんを」

黛の言葉に、ついにメイの目から涙があふれ落ちた。

「…お母さんには、私のことを忘れて、自分の人生を歩んでほしいです…でも…いつかまた…一緒に暮らしたい…私のお母さんは宇宙にひとりだけだから…」

メイはしゃくりあげながらも、自分の思いをさらけだした。

「以上です」古美門は着席した。

「…では、留美子さんのお話を聞かせていただけますか?」

裁判官に問われたが、留美子はうつむき、黙ったままだった。

「留美子さん…」三木がうながしたが、

「…ありません」留美子は放心したように、首を振った。

「今回で審問を終わりとします」

裁判官の言葉に、誰ひとり笑顔はなかった。

家庭裁判所のエントランスで、留美子ががっくりとうなだれていた。三木たちがその周りを取り囲み、留美子を慰めている。帰ろうとする古美門たちに気づいた留美子が顔を上げ、メイを見たが…メイは思いを振り切って、通りすぎようとした。 「…留美子さん」思わず黛が声をかけた。「どのような結果になったとしても、親子の縁を切ることはどんな法律にもできません。思い合っていれば、親子です」

留美子は立ち上って深々と頭を下げ、井手に付き添われて裁判所を出ていった。

「では、私もこれで。新幹線の時間なんです。飛行機は嫌いなもので」

清蔵が三木に声をかけた。「結果はお知らせします」と、三木が言ったが、清蔵は「結構」と言って立ち去った。

裁判所前の表通りに、清蔵がいた。タクシーを停めようとしているが、空車がなくて捕まらずにいる。

「東京駅なら、逆方向ですよ」後ろから古美門が声をかけた。

「…見ましたよ、スカイツリー」清蔵が振り返る。

「想像していたより、ずっと大きかったでしょう?」

「…東京タワーのほうが大きかった、はるかに」

そう言って清蔵は、横断歩道のほうへ歩いていった。

「また東京へいらしてください。いろいろご案内します、息子さんと!」その背中に黛が叫ぶ。

「息子はいません」清蔵は今度こそ振り返らずに帰っていった。

数日後、メイは荷造りをしていた。ロケなどであちこち飛び回ることが多かったからだろう。慣れた様子で、洋服や洗面道具などを詰めていく。これからどうするのかと服部が尋ねると、ロンドンに行くのだと答えた。

「父親のお姉さんって人が置いてくれるって言うから。かっこいいじゃん、ロンドン留学なんて」メイはにっこり笑った。

「後見人がすんなり決まってよかった」黛はホッと胸を撫で下ろしていた。

「では、芸能界はこのまま引退なさるのですか?」服部は尋ねた。

「そうだね、どうせもうイメージがた落ちだし」メイはあっけらかんとしていた。

そんなメイを見ながら、古美門が「『いつかまた一緒に暮らしたい。私のお母さんは、宇宙にひとりだけだから』。どこかで聞いた記憶があるんだがね」と、突っ込んだ。

「『パパの恋人』第三話の名台詞ですね。ドラマでは、お母さんじゃなくパパでしたが」服部がにっこりと笑った。

「君は根っからの女優だよ。いずれカムバックするさ」古美門が言うと、メイはへへッと子どもらしい笑顔で笑い、「じゃね!」と事務所を出ていった。

その頃、留美子はマンションの壁一面に貼ってあるメイの写真やポスターなどをぼんやりと眺めていた。でも…思いを振り切り、一枚一枚、剥がしだした。その横で、黙ってその作業を手伝っていたのは、梶原だった。

「父親をもってしても倒せず、ですか」と、井手が言った。その口調はどこか安堵しているようでもある。古美門に負けたのは自分だけではない、と言いたいようだ。

「あんな老いぼれに、はなから期待してなかったよ。すべては布石だ」

三木が負け惜しみを口にしたが、

「布石?」井手には言葉の意味がわからなかった。

「三木先生の目的は、古美門先生に小さな黒星ひとつつけることではありません。ですよね?」沢地が意味ありげに三木を見る。

「じわじわと…だが確実に、奴の首は真綿で絞められているよ」

「そろそろ息の根を止めに行かれては?」と、沢地が言った。

清蔵はいつものように庭で木刀を振っていた。気づくと、電話が鳴っている。ずいぶんと長い間鳴っていたようだ。清蔵は家に上がり、電話に出た。

「ああ、あなたですか。ええ、のこのこ東京まで出ていって恥をかくとは思いませんでした…嬉しい? 私が? まさか。ところであなたのことは、バレてないんでしょうね?」

「はい。今でも古美門先生は、私のことを一般公募で応募してきたと思ってらっしゃいます」

電話の相手は、服部だった。

「そう、嫌ならいつでも辞めていいんですからね」

「いえ、先生に拾っていただいた命ですから、せめてご子息にご奉仕させてくださいませ。それに、こちらは楽しゅうございます」

服部は、「では」と電話を切った。

黛は資料や文献を手に、バイオリンの練習をしている古美門に懸命に話しかけていた。

「サンタクロースの起源は、恵まれない子に無償で穀物などを配っていた四世紀の司教ニコラスとされています。 おそらく彼の行いを弟子が受け継ぎ、やがて一般家庭にも広がっていったんです。 つまりサンタクロースは無数にいるんです。 親が子にプレゼントをあげた瞬間、その人はサンタクロースです。 サンタクロースとは、誰かが誰かを思うことそのものなんです。よって、サンタクロースは存在します」

黛は力説した。

「詭弁だな。私は見たことがない」古美門は相変わらずだ。

「先生の場合は例外かもしれませんね」黛は口を尖らせた。

「いえ、古美門先生にもきっと素晴らしいプレゼントを送り続けてくださっているサンタクロースがいると思いますよ」服部がお茶を淹れに来て言った。

「私がどんなプレゼントを受け取ってると言うんですか?」

「たいへん頼りになる素晴らしいプレゼントが、目の前に」

目の前…と視線を動かした古美門と、黛の目がばっちり合った。

「…私? 嫌だ、服部さん! やめてくださいよ!」

「こんなサンタさんならいなくていい、いてほしくない! 君が来てからろくなことはない。最悪のサンタだ」古美門はビシビシ指をさす。

「だから指をささないでください!失礼でしょ!」黛も負けずにさしかえした。

「おまえだって指さしてるじゃないか!」

「先生がさすからでしょ!」

やり合うふたりの姿を、服部はほほえましく見守っていた。

(ドラマタイトルのエンドロール)
(了)

2月 11 2014 | ご報告 | No Comments »

第25回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

【第25回いじめ・虐待防止フォーラム】

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2013年(平成25)10月22日(火)、新宿区大久保地域センターでサークル・ダルメシアン主催の「第25回いじめ・虐待防止フォーラム」が開催された。

≪第1部:特別講演≫
国立国際医療研究センター
国府台病院第三内科医長 三島修一医師

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「私は糖尿病が専門の内科医師です。 九州大学医学部生として、当時心療内科の第一人者であった池見酉次郎教授のもと、医学を学んだ。 卒業して医局に配属された先は、内科に席を置き以後10年間我流に近いもので医療に携わり、自分こそが患者の話しをよく聴いているという自負があったが、案の定壁にぶつかり九州から出て、現在の千葉県市川市の国府台病院へ移籍し、ここで目から鱗が落ちる体験をした。 この病院へ移り、患者から教わった多くの良い経験を踏まえてお話しする。
―――今回、この講義にご参加下さっている会場の皆さんは、医療関係の方が多く来られており、日々医療現場で御活躍されていると思う。 これから私がお話する内容は、人間理解を根本に据えて人との対応の仕方を分かち合い、お一人おひとりが真に元気になるように、人の絆の復興・人間復興・しいては日本復興に向えるよう切に願うものである。 ご参加頂いた方々が、日々抱えておられる問題や、何とも言えない何らかの行き詰りを感じて過ごされているのであれば、もう一度「人間って捨てたもんじゃあない!・・・こんな自分から出発していいんだ!出来るんだ!!」と希望を回復されていかれるように、更には“傾聴”を深めるきっかけとなり、人間が抱く“イメージの力”と“祈りの力“に眼を開いて頂ければと思う。」

【医療現場に立つあなたは、どっち派に属しますか!?】
①  [話しを聴いてもしょうがない!と思っていて、最終的には
本人がしっかりしないとダメだと思っている]
②  [長々と話す人には付き合えない]
③  [要するに…ということね。と話を最後迄聴かないことが多
い]
④  [何を言いたいのか判らない話はイライラしてしまう]
⑤  [相手の話を遮って、自分の言いたいことを話すことが多い]
⑥  [話を聴いていて“我儘”と感じることが多い]
⑦  [話を聴いていると、早くアドバイスしたくなる]
⑧  [話を聴いた後、何となく疲れて溜め息が出てしまう]
⑨  [話を聞いてくれませんか!?と頼まれると、一瞬引く]
⑩  [話を聴いていて、眠ってしまったことがある]
・・・これらの項目にあてはまる御自分はおられませんか。

【“傾聴”とは、耳を傾けて熱心に聴くことである】
この傾聴とは、心療内科を勉強する上での教科書第1頁に上げられている。 医療現場の過程では「診断をして治療する手順」と「傾聴して医療処置の方法等を語る」があるが、診断せずに治療をすれば訴えられるのに、傾聴せずに語る方がいかに多いことかを感じてはいないだろうか。―――ある本にも記されてあることであるが、「言う方が上(優れている)で、聞く方(言われる方)が下(劣っている)」という“傾聴文化未発達”があり、意識化されていない先入観が“本来の傾聴”を妨げている。 皆さんはいかがでしょう…、うすうす感じておられるであろうが「言う方が上で、聞く方が下」という立場は誰が決めたことなのか、妙な先入観に捕らわれている自分がいることこそが、傾聴を自ら妨げている先入観・思い込み・うその考えであるという要素である。 人は本来持っている感情の喜怒哀楽があるために、強要もしくは強制されると反発したくなり、結局は話を聴く“傾聴本来の意”に立ち返る必要があるということ。
【傾聴を妨げている要素例】
○自分の内面「聴いてお前が変わるのなら、聴いてあげるけれど…」⇒“人間は変われない”という先入観。
○自分の内面「Aさんって、こんな人だ(怒りっぽいなど)」⇒決めつけ。
○自分の内面「Bさんは、“我儘な人”だ!」⇒本当は自分が我儘したいのに我慢している。
○自分の内面「他人の話を聴くと、損をする感じで自分の時間が減るな…」⇒たとえ、忙しくて自分のやりたいことができないと感じていても、自分が関わっている時間というのは“全て自分の時間”だということに、なかなか自分は気付かないでいる。
―――私は『医療者は患者に振り回されてはいけない』という新人時代からの“先入観・思い込み・うその考え”により、自ら苦しんでいた時期があった。 この時先輩医師から「三島君!医者も最初は振り回されていいんだよ」という一言により、気が楽になって違う視点での診療対応ができるようになり、私自身救われた。―――『話を聴いたからには、何らかのアドバイスや結論を示さなければならない!』ということも同様で、「私自身、何等かのアドバイスや結論が出せないような長々とした話を聴くことには意味がない」と思い込み、イライラしていた時もあった。 それに対し御助言頂いたのは「1回位聴いただけでは判らないので、次の機会へつなげればいいんだよ」と言われたことによっても非常に楽になった。―――あるいは、「他人の迷惑になるような人間にはなるな!」と教えられて育つが、現実にはそのように生きることは無理であり、何等かの相互介助は必要である。 本来人間は他人に迷惑をかけたり、かけられたりしながら互いに成長できる存在だというのが、真実に近い言葉だと思う。 また「後ろ指を指されるような人間になるな!」ということも、“他人の口には戸を建てられない”ように、いくら自分自身が誠実に事にあたっていても、他人から批判めいたことを言われる時がある。 「後ろ指を指されてもそれはそれ!自分が出来ることを誠実にやり遂げること」が真実に近いと思われるが、皆さんはどうだろうか…。

【人の感情】
Man is a rational being? or emotional being?
人間は理性的な生きものか? 感情的な生きものか?
―――私がこの内容を知った時は、「自分なら理性的な生きものがよいな!」と思ったが、実際の自分は“わかっちゃいるけどやめられない”感情的な生きものだと思う。 この感情というものは実に大切なテーマである。 人間が感情的生きものだという具体例を上げると、
○  なぜか判らないけど、ドキドキするなど身体症状が出る。
○  理由もなく気持ち・気分が落ち込む。
○  イライラして、何かに当りたくなる。
○  自分の体を傷つけたくなる。
―――これらの感情が生まれてきたら、是非誰かに話を聴いて貰う必要がある。人間は他人に話すと、自分自身が自然と整理出来てくるものだ。

【感情は「思考の質」に大きな影響を与える】
例えば、他人の眼差しに一喜一憂していると、本当の自分の大切にしたいものが、解らなくなることが絶えず起きてくる。 これ程大切な自分自身の感情に対して、そのからくりを含め感情を掴み、本来的(健康的な)感情に昇華する方法(物事がさらに高次の状態へ一段と高められること)は、誰も教えてくれなかった。

【本来的感情に昇華する方法】
私たちに備わっている「感情」の持つ決定的な影響力は、私たちの内界(心)と外界(現実・患者・子ども)とはつながっていて(one unit)、出会いで伝わるのはまず感情である。 初対面の人であっても話し易い人がいたり、逆に取っ付きにくいと感じてしまうことも、知らず知らずのうちに相手にも、自分の感情を何となく伝えてしまっているのである。 医療従事者の日常現場において弱い立場にいると、これが一瞬にして解ってしまう。 「可哀想!…」と上下目線なのか、一人の人間としての存在・尊厳を大切に思っているか「言葉には、言葉以前の思い(感情)がへばりついており、言葉以上にその想いは伝わっているのである。―――入院患者が朝から熱があったにもかかわらず、看護師に伝えられず夕方になりようやく伝えることが出来た時、その看護師が「どうしてそんな大事な事を教えてくれなかったの!」と捲し立てる。 “…だからつい言いそびれてしまったのである”。 医療者側の「忙しい!忙しい!…これ以上余分な仕事をさせないで!ピリピリ」という雰囲気が患者側に物を言わせる“すき”を与えていなかったのだ。 「自分の言葉の温度」にも私たちは自覚的ではない(私は一生懸命、あなたのためにしているのに…)。

【驚くべき友人の体験】~肌で感じた医療者の発するエネルギー~
私の友人の自宅が火災に遭い、家族は既に避難していたが、彼は家族を救おうと火の中へ飛び込み、気道熱傷(肺のヤケド)の重傷を負った。 以下はICU入院中の彼の体験談である。
彼がいる病室の入り口に看護師が立った時、人によって「肌」がいろいろに感じたという。 ある看護師は「冷たく」感じ、またある看護師は「針が肌に刺さるような」感じ、別の看護師は「温かく」感じたという。 私は彼からこのことを聞いた時「私は患者からどのように感じられているのか!?」と思い、非常にショックだった。 この出来事により気を付けるようになったのは、人との出会いの前には、自分の気持ち(心)を整えてから出会うように心掛けている。

【3.11被災地での子どもの退行行動・言動に対しての危惧】
地震と津波の恐怖・喪失体験により、精神的に不安定となった子どもたちが親に“駄々をこねる”ことが増えた。 この時親が子に対して「赤ちゃんじゃないんだから、もっとしっかりしなさい!」と突き放してしまった被災した親たち…。 勿論これを責められるものではないが、なぜ突き放してしまったのか、どうすればよかったのか、どう援助すればよかったのだろうか。 退行する子どもに対してお母さんお父さんへの「傾聴同伴」が必要であったと思う。
必死に我慢している方やしてきた方は、我慢せずにワーワー言う人(子ども)を見ると、「私は我慢しているのに、なぜあなたは自分勝手に我儘を言うの!!私こそ我儘を言いたいのに」と、つい反応してしまうのである。―――本当は子どもたちも自分勝手な我儘ではなく不安・恐怖ゆえに安心・援助を求めているだけなのだ。 それをみる我慢してきた・している方には、どうしても相手が“自分勝手”にみえてしまういわゆる「負の連鎖」であり、ゆえにお母さんお父さんへの「傾聴同伴」がより大切になってくる。 親のあなたの対応が悪いという話ではなく、勿論親のあなたの心が悪いという話でもない。子どもがそうなるにはそうなる理由があるので、一緒に考えていきませんか。

【負の連鎖を止めるための私の面談方法】
常々私が心掛けていることは、関わる全ての方が元気になって頂くためにと思っている。 その日常面談内容をご提示させて頂くと、まず面談スタート時点では、御両親のうち子どもにとってのキーパーソンはどちらなのかを判断することであり、必ず順位が付けられている(母親が1番で父親が2番といったこと)。
ステップ① 親の御苦労してきた過程をじっくり御聞きするこ
と。
ステップ② 子どもがそうなるには、そうなる理由があるので「一緒に考えていきませんか!?」と治療的人間関係の構築を心掛ける。
ステップ③ 親に対して、本来の子どもの表情や姿をありありと思い出させて、念じてもらう。
ステップ④ それらを踏まえて、強い口調ではなく問題となっている現状を一緒にみとる。
ステップ⑤ これまでとは違う新しい関わり方で、子どもが変わった実例を紹介する。
例:引きこもりの娘を持つ母親からの相談を受けた。この母親か
らの話を聴くと典型的な“親の上から目線”(親の風を吹かせるよ
うな)の母親だったが、まず本人の気持ちをじっくりと聴くことに
より、この母親自身が自ら変わっていった。 その後この娘さん
とは1度も面談しなかったが、母親が変わったことにより、引き
こもっていた娘さんは快復し、社会へ出て行った。―――このよ
うな実例を時間はかかるが提示させる事が大事である。
ステップ⑥ まずは、子ども本来の姿を信じ受けとめてみましょう!と提案する。
⇒親が新しい関わりによって、子どもの態度が変わるという「新しい体験」に導かされる。
⇒この新しい体験を心に刻む。
ステップ⑦ もう一人の親を「共に新しい体験に向けて」巻き込む。
ステップ⑧ 上記のような体験を、同じ様な苦しみとして体験している方に、実感をもって伝えて頂く使命。同時に我々に紹介して頂くことにより、「新しい体験」の連鎖・潮流が起こる。

『隣人が何をいい、何をおこない、なにを考えているかを覗き見
ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇(歓び)を得ることであろう。(他人の腹黒さに眼を注ぐのは善き人にふさわしいことではない)。目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな。』
岩波文庫 神谷美恵子訳より

この本の中でもう一つ感銘を受けた内容が
『短命な人は長命な人と比較して何も卑下する必要はない。命を短くして亡くす人も長くして亡くす人も、失うものはたった一つしかない。 それは“今を生きることを失うだけだ”』という言葉に衝撃を受け、「今を生きることに尽くせばよいのだ!」ということに気付かされた。

【統合失調症合併2型糖尿病患者の血糖コントロール著明改善症例】
~難治性糖尿病診療におけるパラダイム(一時代の支配的な物の見方)転換の必要性~
この患者は、あらゆるこれまでの病院からさじを投げられた末、当病院へ来られた方で、普通の説明や接し方では治療出来なかった。
※糖尿病診療のゴール=糖尿病治療の“正しい”コースに乗せ、糖尿病合併症を予防・進展阻止すること。(食事・運動・薬物療法で血糖・血圧・脂質・体重などを指標コントロールする)

≪症例≫
●57歳女性
●来院目的:高血糖に対して治療困難
●既往歴 :30歳頃~独語、監視されている
40歳頃~高血糖・高血圧指摘、放置
●生活歴 :脂っこいもの好き アルコール(-)
●現病歴 :55歳 脳梗塞(左半身不全麻痺)
HbA1c15.1% インスリン治療
退院後 インスリン治療拒否
57歳 当院受診

≪初診時所見≫
160㎝ 59㎏ BMI 23.0
血圧:174―105mghg
食後血糖:212mg/dl  HbA1c 12.0%
アキレス腱反射:減弱
眼底:A-Ⅱ~B-Ⅰ  尿蛋白(-)
LDL-C:101㎎/dl HDL-C:50 ㎎/dl
TG:263㎎/dl(食後)
TP:6.9㎎/dl BUN:14㎎/dl Cre:0.5㎎/dl
Hb:13.9g/dl

≪入院前の言動≫
・話が支離滅裂
・ずっと独り言を言っている 一人笑い
・事実でないことを言い出す
「自分にはシンイチ君という子どもがいて
その子を私がいじめるのが許せない」
・「世間の声」に従って、金品を見知らぬ人の家に持っていく

≪治療(1)≫
徹底した傾聴による治療的人間関係の構築
●心を整えて会う(まず面談する前に、自分の心を安定させてから落ち着いて会うことを心掛ける)。
●目の高さを同じにして話を聴く(ベッドもしくは椅子の高さを同じにして…)
●相手の呼吸に合わせつつ受けとめ(この時、コツとしては相手の呼吸に合わせるようなイメージで、ゆっくり接するとポツポツと話し始める)。
●畏敬の想いを抱きつづける姿勢。

≪治療②≫
同居している娘さんへのアプローチ(娘さんは母親を診てきた医師たちから、甘いものを控えるように言われているから、母親が菓子パンなど甘い食べ物を食することを、口煩く言っても効かないので、娘さんの苦労話を聴くことも治療の一つである)。
●娘さんの苦労の傾聴
●患者(母親)の変化(穏やか)の意識化
●母娘間の関わりの悪循環の意識化
(娘が母に強く言うほど母親は頑になり、娘の苛立ちは増加して更に強く言う)
●母親への支持的関わりの提案

≪入院後の経過≫
●入院時の表情の硬さがなくなり、穏やかな表情となっていった。
●インスリン自己注射の受け入れ
●食事の話を受け入れるようになる
●向精神薬の睡眠剤としての受け入れ
●娘との気持ちの交流が始まる
●独語・空笑の減少

【前の病院とこの病院はどう違うの!?】
…と、質問を患者へ投げかけた。
「前の病院は外来が終ったあと、気持ちがイライラしていたけど、
ここの病院は外来がすんだ後何か楽な感じ」と返答。

≪結語として≫
●現在主流の糖尿病診療では、治療困難と思われる統合失調症合
併の糖尿病患者改善例を経験した。
●「医療者と患者の絆」「患者と家族の絆」の深まりを目標とす
ることが、これからの糖尿病診療の重要な柱となると思われた。
●患者のライフスタイルの改善と、そこから導かれる病状改善は、
その絆の深まりの結果であると思われた。

【“祈り”とは】
祈りとは、目をつぶるのではなく、現実の厳しさ・自分の愚かさ(内界と外界)に眼を開きつつ、天に托身(Incarnation=キリスト教で三位一体である神の子が人間(肉)として生れたこと)することで、未熟な人間・私たちが、不条理・不合理なこの世を“最も人間的”に生きるために必要なプロセスである。―――現代版の「祈り」としての例は、宮沢賢治の「雨二モマケズ 風ニモマケズ…」の詩に托されてある。 彼の苦悩から発せられた詩の末尾に「・・・そういうものに私はなりたい」の一節は、愚かさと共にしかし同時に、天に向かっての心のベクトルを謳いあげている。

【常にどのように考え、念じているのかで、結果が違ってくる】
~私が九州のN病院で体験したこと~
●被害者意識の強い攻撃的なナースに対して、出社時の動悸出現
●出勤前に苦しい時の神頼み。
①自分自身に対して、安らぎが訪れるように祈った。
②次に、そのナースに対して、心の安らぎが訪れるように
祈った。
●2週間経ったころ、動悸が改善!
そのナースに普通に挨拶ができた。
●「怒り」は引け目を生じさせる。
●相手の存在に対する畏敬の想いを重ねていくことで、自分の内にあった「引け目」が次第に解消していき、相手に対して自分を守る必要が無くなった(素直に相手に出会えた)感じがした。
●相手への真心が自分の内にエネルギーとして少しずつ蓄えられていき、コーヒーカップに一杯になった時、症状が解消したと思われた。
●祈りは空虚なものではない。
・祈りはエネルギー
・目の前にいる方の、本来の姿・表情を「想う・念じる・ありありとイメージ」する出会い方がもたらすもの(Sさんとの出会い)
●同時進行で医療者と患者が深まっていく体験
・この方と出会わなかったら今の私はない
絆の実感 バラバラじゃなかった…。

【私も最初からちゃんと対応できていた訳ではない】
戸惑いや逃げたくなる気持ち、怒りや相手を責めたくなる感情
が当然あり、自分自身に悩んでいた時期はあった。 だからこそ
「限界を突き破りたい」と思い願った。 それを「試練」と感じ
るのは、そこにすでに「願い」があるからである。

●例えば、Aさんが私に悪口言った時
○「屈辱感」でAさんに怒る
○もし、私がAさんに全く愛情を持っていなかったら、
○私が「フン」で済まずに、怒っているということは、
・「Aさん、本当のAさんは、悪口を言うような人じゃない」
・相手に対するまごころとしての怒り、「純粋な怒り」が確か
にあるということ。

【人間は○○であるべき】
人は固定観念や先入観により、素直な自己表現「泣き笑いなど」
を、押しころしてしまう傾向がある。 いわゆる「よい子」の怖
さで、今の教育が「心をはみ出す」訓練がなされていないことを
危惧している。―――正月、私の家庭のテレビが故障してテレビ
番組を見ない正月を家族と共に過ごしたら、「お正月にタコ上げ
て、コマを回して遊び。お餅を焼いたら、膨らむ餅に一喜一憂し
て驚く子ども…、すごろく遊びを自分で考案し遊んだ」充実満喫
した正月だった。

【目の前の方の不安・恐怖・孤独の
声なき声をかきけすもの】
●こちらの被害者意識
⇒「もういい加減にして!!…」
●あきらめ
⇒「…もう私には無理」
●きめつけ
⇒「これは治らない病気…」など
●“そこはかとない”相手との距離感
⇒「私が、やれるところまでは、
やるけど あとはあなた次第よ
最終的には 私には関係ない。」
【傾聴の5要素】
①  自分の呼吸が落ち着いている。
②  相手の呼吸に合わせられる。
③  眼の高さが相手と同じ、もしくは相手より低い。
④  こんな自分でよければ、是非聴かせて下さい。
⑤  相手の「本来の願い」が少しでも感じられる。

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岡田 「虐待を受けて育った人私も同様ですが、今三島先生が
話された“怒りの感情”というものは、生れてこない
のですよね。 子どもの頃から親に『悪いのはあなた!』
という躾・教育を受けて育ってきたので、物心つく前
から“私は悪い子”という自覚洗脳を植え付けられ続け、
自分自身もそう思っていたから…、三島先生とは真逆で
“怒り”という感情そのものがありませんでした」

岡田 「虐待体験のない三島先生が、医療現場で診察治療されて
いることは、本当に大変なことだと思う。私の場合は自
分自身が虐待された体験があり、乗り越えられたことに
より、カウンセリングに来られた方に対して、私の体験
と御自分の体験が重なり合い、私からの助言も気付き
と共に受け入れてくれるので、1回の面談で解決され帰
っていかれる。 一方三島先生御自身は、虐待体験はな
く、極普通の御家庭で育たれているので、虐待を受けて
育った人間を理解する事は、非常に難しいと思われる。
加えて、三島先生のもとへ来られる患者は、生きるか死
ぬか瀬戸際ギリギリの状態の方を診察面談されておられ
るので、相当な労力を要され対応なされていると思う。
だからこそ、このフォーラムにも御参加続けていて下さ
り、虐待体験者の生の声や思考行動パターンを勉強され、
日常の医療現場で活かされているのは有り難い。 三島
先生が「患者へ寄り添う“傾聴”」ということを常々心掛
けて診察面談されていることは、これまで接してきた他
の精神科医や臨床心理士とは、明らかに大きく違う点で
すね。」

会場から
質問 「・・・電話口で受けた母親からの相談だったのですが、
“子どもがうまく育たなくて”と涙声になり、“すべて
母親である私のせいなんです!…と。 暫く話を聴いて
いたが、話の内容から担当者を別の人に変わった途端、
電話を切ってしまい相談もそれっきりになってしまっ
た。 こういう場合の母親に対するアドバイスを教えて
頂きたい」
三島 「やはり、医療者との連携をとることが大事ですが、まだ
まだ患者の話をじっくりと聴ける医療者は実に少ない
のが現実ですね…。 今の話を伺うと、私自身居ても立
っても居られない心境ですね」
岡田 「今の1番の問題は、幼少期虐待を受けて育った人が大
人になり、親となって子どもを育てる段階で起きる諸々
の問題がある。 子どもを助けるのは当然なのであるが、
まず親自身を更生させないと子どもを助けられない」

第2部
サークル・ダルメシアン代表 岡田ユキ講演

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岡田 「私のプロフィールは、会場で配布した[アエラ・ウィズ・
ベイビー]に掲載された記事を一読して頂いているが、大
まかに御説明すると、実の両親からは愛されずDV家
庭で育ち、兄弟から性的虐待を受け、一時はスポーツに 専念していたが、体を壊して退部したのち、友人たちとのトラブルに巻き込まれて、学校を退学せざるを得ない体験もしてきた。 その後、結婚した夫はDVで、
DV家庭となり、離婚してシングルマザーとなった。
…だが、すべて終わったことで乗り越えられたから、本
日は忌憚のない御意見やご質問を出して頂きたい。」

【私の幼少期の家庭】
「私は幼少期から、両親・兄弟からいじめられ続け“悪魔の子”
と言われて育った。 世の中に出て行ったら周囲の人・他人からは逆に“天使のような人ね!”と言われた自分だった。 家庭の中の自分と、社会に出た自分とでは真逆の対応を受け、自分自身は果してどっちが本当の自分なのか判らなかった。 学校へ行き始めたりする頃から、家庭の外の世界に接していくと、他人から私の事を『よい人ね!』と言われ、少し自信がついた気持ちを親に話すと『世の中の人は皆嘘つきだから、他人の言うことを信用するな!』と、また壁を作られる繰り返しで洗脳されてきた。
【日本社会に残る儒教】
日本社会には、昔から儒教というものが根底にあるために、親のことを悪く言えない環境がある。 私の知人に“親が私に対して批判的に接している”と話すと、『それは娘であるあなたのことを思って親は言っているのだから、御両親の愛情がないなんてことはないのよ!。だから娘のあなたが話をよく聞いてあげなさい』と言われてしまっていた。 そう言われた私自身は、[やっぱり、私が悪いのだ。自分が我儘だったんだ!]と反省・理解・納得していた。 でも、私自身は何か胸につかえた苦しいものが残ったまま、子どもから大人になり何かもやもやしたものを内面に抱えて成長してきた。
結婚生活に関しても、愛情ある家庭というものが判らず育っているから、上手くいくわけがなく長続きしなかった。 世の中にある極一般的で幸せな家庭と、私が育ってきた家庭環境とでは、どこに違いがあって何が違うのか、自分では理解できないまま苦しんでいた。―――《みにくいアヒルの子どもたち》という本を書き上げる過程において、自分自身の心の整理がついて、本来の自分というものに気付かされた。 この本が出版され図書館に蔵書として置かれるようになった頃、本の出版社に全国から読者の手紙が私宛で寄せられた。 手紙の大半は、私と似た体験をされた多くの読者で、応援のお手紙ではあったが、送り主の名前が記されていなかったことには驚いた。 それがきっかけとなって、カウンセラーを目指し、今に至っている。」

【3つのタイプに分類】
「私は世の中の人が、3つのタイプに分けられると自分なりの納得を得られた。 その分類を表すと、一般的な人を100%タイプの(自己目標の達成度合い・内面の目標率)標準にして、

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200%タイプの人と50%タイプの人で世の中が構成されていると考えた。

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自分の事しか考えられない人というのは、内面のキャパシティー(容量・受容量・能力)が小さい50%タイプの人であって、他人のことを最優先に考え何とか手助けできないか悩んだり、労力をかける200%タイプの人は、内面のキャパシティーが大きい人の部類に入る。 この200%タイプの人が、“AC”と呼ばれる。

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【ACの定義】
「どちらがAC?」
①  大人なのに内面が成長出来ず、子どものような大人。
②  外見は子どもなのに、大人の様に振る舞う子ども。
答えは②である。
岡田 「なぜ、人はACになるのでしょうか!?。 ACの親は
内面が“子ども化”しており、人間的成長を遂げていな
い。―――ある中学生が私の所へ学びに来てくれた。彼
女が通う中学校の授業内容の一つに、赤ちゃんをあやしたり、抱いたりする母親の疑似体験授業内容があることを聞かされた。 この授業の目的は、現代社会で赤ちゃんを虐待する事件が相次ぎ、そのことを危惧した結果、学校教育のカリキュラムに加えられたことを知った。
この中学生から『私たちが、この授業を受けて母親になった時、よい母親になれるのでしょうか!?』と質問された。 その時私は『それは違う!』と答えた。なぜなら、母になるということは、まず母性というものが成長していないと成立しないのである。 世の中で自分の子どもを虐待して殺す母親というのは、母性がないのでありそこまで成長しきれずに、子どもを産み母親になってしまった人である。 学校の疑似体験で赤ちゃんをあやす授業では、単にペットとしての領域でしかない。

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【“氣學”という教え】
日本古来の教えの中に、氣學(きがく)というものがある。
「男女七歳にして席を同じくせず」という言葉(論語の一節)の意
味を、氣學では教えている。 人は男女7歳を境にして心身が成
長していくため、別々の教育を施してきた。 この教えのなかに
「男は一德、女は三德ある」というものがあり、“男は一生涯子
どもである“という一德と、女の三德は、女として生れた一德に
伴侶となる妻としての二德、子を授かり産み育てる母として三德
の教えを伝授し、出世魚のような三段階成長過程が必要であると
いう意味で、“三德”という言葉で表した。―――ところが戦後(第
二次世界大戦)、世界の中でも極めて小さな日本という国が、世界
を圧倒した根本は、どこにあるのかを米国側が調査研究した結果、
日本民族を作り上げた根底に“氣學”という存在があり、加えて
武士道精神が驚異的な力となり、影響を与えたという結論に至り、
米国側は多大な脅威となった“氣學”という存在を、戦後日本の
教育から抹殺してしまった。 よって、戦後日本の教育からは家
庭における女、女子教育の根本がはずれ女の子のまま(内面的に)
成長し、大人になってしまい女子のまま母親になってしまったと
いうこと。

【ボクシングの亀田一家】
亀田興毅氏(長男)の弟・大毅氏が18歳当時、世界チャンピオンの
内藤大助氏と対戦した際、反則行為を繰り返し大きく報道され、
社会的制裁を浴びせられた一件があった。 この時公の前に現れたのは、トレーナーでもあった父親ではなく、長男の興毅氏が謝罪会見していた。 これは本来父親が行うべきものを、息子の興毅氏が責任を取っていた。 彼(長男興毅氏)も幼少期、親から100%を求められ、さらに100%を自分に課して力を発揮せざるを得ない生き方・育ち方をしてきた結果である。 この興毅氏がチャンピオンになった時、自分が獲得したチャンピオンベルトを父親にも渡した光景は、子どもである興毅氏が父親を子どもにみて、尽くしている構図。子どもなのに通常の親子以上に、親に手を掛けているような子どもをACと呼び、世の中にも多く存在する。―――皆さんの周囲にも、これに似たケースで[子が親を甘やかしているな!?もう少し親を自立させた方がよいのに…]と思われる人がおられると思うが、ACの子は親と共依存関係にあり、[自分が親の面倒をみないといけない]という気持ちを幼少期から植え付けられているので、本来自分の居場所を見つけらずに苦しんでいる人が多い。 興毅氏の場合も、父が彼に対して『俺がいじめられてきた世の中に対して、お前が仇を討ってくれよ』と繰り返し言って育てたと思う。 興毅氏がいくら世の中で頑張っても、チャンピオンになっても両親からの愛情をもれえずに育ってきているので、愛情に飢えた幼少期を抱えたまま苦しんでいる典型的なACである。 一般的にはこういう子どもは、子どもなのに幼少期から100%を達成しているため、大人になりさらに100%を目指し頑張り過ぎて“ウツ”になる人が多い。

【岡田式AC判別法】

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一般的な人というのは、生れて人が成長していく階段を、正比例の図表のように登っていく。 この段階で家庭では厳しさや優しさ・人としての責任などを、親から学んで育つ。
資料②のACと呼ばれる人の成長は、一般の人とは逆で0歳からマイナスの方へ親から植え付けられてしまう。
―――私の場合だと、『生れた時から母親の私を苦しめたから、悪魔の子だ』と言われ続けられたり、あるいはTV報道で殺人事件を起こした犯人を指して『あんたも大人になったら、こんな風になるから親のいうことを聞きなさい』と悪い例ばかりを植え付けられるということをされてきた。 この“負の成長”は本来子どもが成長するのに知らなくてよい部分である。 ところがACでは幼少期に、このようなことが日常的に行われているのが現実で、親子関係が大人になればなるほどエスカレートしていく。 親からの躾!?では、とことん落とされて“下向きの躾”をされてしまい、やがてこれが犯罪へ手を染めていく親からの強制的洗脳教育である。
―――虐待をする親は、一般の常識では考えられないほど自己中心的で、外見は大人なのに内面は完全な子どもなのである。 幼少期から甘やかされて我儘し放題の育ち方をしてきた人なので、大人になるチャンスを失ってしまった。これが資料③の50%の成長しかないのに外見だけが大人になった人のこと。 50%しか達成出来ていないのに『あなたは出来るよ』と親が甘やかした人。
50%タイプの親にして、200%タイプの子どもを作ってしまう。なぜなら、親の言うとおりに育てたから『もっと頑張れ!』と言うと、親から好かれようと懸命に親の願いを叶えようと頑張ってしまう。…が、当の親は満足することはなく、子がやれてしまうから逆に腹が立ち、矛盾した感情が湧いてくる。 このような感情が出てくる背景には、幼少期から与えられ過ぎと過保護な結果、自分で責任を取る事を学ばず、自らの達成感も味わえなかったことによる。
―――200%タイプの人が、50%タイプの人に話しても理解されることはないし、50%タイプの人が悩んでいる内容を、200%タイプの人が知ると『どうしてそんなことで悩むのか!?自分で解決すればよいのに』といった風で、同様に話にならない。 私の元へカウンセリングに来られる方の多くは、200%タイプの人で50%タイプの人に振り回されている。 この50%タイプの人には“ハレものに触る”ように接するのではなく、厳しくするべきだが、自己アピールが上手で弁が立つので、口で言うことと行動が伴なわず、他人から助言等を言われただけで「傷つけられた!」と大騒ぎするといったことがよく見受けられる。

【50%タイプと200%タイプの怒りの感情】
先程三島先生の言われた“怒りの感情”で、50%タイプの人はすぐに怒る。 200%タイプの人は逆に無口で、感情を表に出さないのは子どもの頃から、親の上から目線で押さえつけられており、何をやるにしても[お前のやる事はダメ!]だとか、口答えできないように仕向けられ、当たり前のように“負の常識”を洗脳されてきている為だからである。 このことがあるので、本人は常に劣等感を抱えて、[常に頑張らないといけない]と考え行動してきた。 頑張り過ぎてウツになり、自傷行為に走ったり自殺に追い込んだりしてしまう。
―――50%タイプと200%タイプを自殺ということで比較した場合、50%タイプの人の死に方は、ビルから飛び降りたり電車に飛び込むといった行動に出る。周囲の他人にまでアピールして死ぬ死に方を行う。 一方200%タイプの人は、富士山の樹海に入って誰にも知られず人に判らない様な死に方を選ぶ。 三島先生のもとへ来られる患者は、200%タイプの人が多く[自分が精神を病むなんてことは、まだまだ頑張りが足りない]と常日頃思っているから、周囲の人がこの200%タイプの人をしっかりと見極めて気付いてほしいと切に願う。
AC(200%タイプになる人)には、3つのパターンがある。
①  優しすぎる人。
②  親のことが大好きで無口な人(逆に親の悪い面もよく判っている)。
③  天然ボケな人。(器の大きい人)

【虐待している親は、判ってやっている】
虐待をする親は、子どもが自分の言うことを聞くと判っているので、アピールする子には決して虐待(暴力)はしない。 なぜなら家庭の外に向かって、家庭内で起きていることを口外するので手を上げることはしない。 親の言うことに対し、決して逆らわず頑張ってやり遂げる子に向かっては平気で暴力を使い手なずける(自分もそうされてきたから)。 親からすると心地よいので、その子に対して親が受けたストレスも、子どもが吐け口となり悪循環が“くせ”になっている。―――ホームレスが、いきなり今日から臭い匂いがするようにはならないのと同じで、初めは普通の人だったのが、長い時間をかけて匂いがするホームレスになったのと同じ“くせ”である。 虐待されている子どもが、親から言われた『トイレから一歩も出るな!』の一言で、それを守り続けて閉じ込められいるのは、過去に“出たことにより”叩かれ殴られ食事さえ与えられなかった経験があるから、餓死するような事件が起きている。 世間は[なぜ親が気付かなかったのか!?]と必ず疑問の議論が始まるが、親は気付いて判ってやっていることが、エスカレートしていった結果の出来事である。 [1回やったら成功した!じゃあ2回やってみよう…3回、4回]というように、これも“くせ”になっていくという虐待の構図だ。 200%タイプの人に対しての助言は、[あなたの周囲に居る50%タイプの人に対して、決して優しい言葉を掛けてはならない!もしあなたの立場だったら、50%タイプの人が言う様なことや行いをしますか!?逆に厳しい態度や言動で接しなさい!]とカウンセリング・アドバイスをしている。 精神科医として診察する医師も、ほぼ50%タイプの部類に入り、200%タイプの患者のことを理解出来ていないから、2次的3次的虐待を病院で受け、被害が慢性化しているのが悲しい現実である。

【渋谷のDJポリス】
渋谷の交差点に立ち、DJポリスとして一躍時の人となった警官が表彰されたが、私は「どうして!?」の疑問が即座に浮かんだ。 それは[警官の当たり前の仕事でしょ!]と思い、彼の行動が過大評価されていることに“不思議さ”を感じてしまった。
200%タイプの人からすると、なぜその程度の事で表彰されるのかと・・・もっと見えない所で地道な活動をされている方が多くいるのにと思ってしまった。 これは、50%タイプの人が社会の中に増えて来た結果の現れだと感じ、世の中の社会構造が虐待を仕向けるような風潮に変わってきて、大きな問題だと危惧している。―――もう一つ気になる問題がある。 最近私の所へ相談に来られる方の中に、クリスチャンの方が多く[どうして!?]と思い考えてみると、これらの方々の非常に強い“罪の意識”により、絶対的支配者に反発したら地獄にでもいくような気持ちを抱えておられる。自助グループの解決方法の一つに、キリスト教の“12ステップ”というのがあり、日本人の根底にある仏教的(儒教)教えになじめず、キリスト教の教えを50%タイプの人が、200%タイプの人に教えている為悩んでいる人が多くなってきている。
【十界(じっかい)】

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十界(じっかい)とは、迷いと悟りの全世界を10種類に分けたもの。
すなわち地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界(以上迷界)と声聞(しょうもん)界・縁覚界・菩薩界・仏界(以上悟界)。天上界までの六界は迷いの世界でこれを六凡と称し、声聞界以下は悟りの世界でこれを四聖という(広辞苑より抜粋)。

私が分類した50%タイプの人と200%タイプの人を見た時、仏教界における“十界”というものに当てはまるな!と感じたので御説明したい。―――人は六道があり、50%タイプの人はこの六道の中を行ったり来たりしてウロウロ状態にいるため、極端な怒りを表したり、その捌け口を子どもに向かわせ虐待をしている。この虐待をしている親から、子どもは自分の存在や自分とはなんなのかという自己存在の意味を、幼少期から哲学的思考探求をしていて、良い人になろうと心掛けている。 周囲の人の声を聞き、声聞という修行を日常的に行ってきた。 ある日、虐待を受けて来た子どもが「もしかしたら自分の親は間違っているのではないか!?」と気付き、ようやく親元を離れる行動に出ることを“里離”と呼び、親離れが発生し仏教界での“悟り”へとつながっている。それまで虐待してきた親から、自分の考えによって離れて本来の自分というものを見つけ出していく。

【インナーチャイルドとは】
200%タイプの人は、負の成長を親から受けて自分の力で0まで這い上がってきたが、今度は自分が親となった時自分の子どもに対して[あなたは可愛がられて育っているけど、私が子どもの時は親から虐待されて育った]と、無意識のうちに親と同じ虐待をしてしまう自分がいる。私もそうでした・・・。 この無意識の部分は、幼少期に与えられなかった親からの“正当な愛情不足”によるもので、恋人や新しい伴侶となる相手により、幼児体験を実践して頂く必要がある。 それによってインナーチャイルドの部分が、一般の人と同じ成長過程をたどり“成人”していく。
―――逆に50%タイプの人には、インナーチャイルドの部分がない。 子どもの頃から大人になってまでも、子どもの内面であるので大人としての厳しさを育て上げるように接していかなければ“成人”しない。 たとえ年齢が20歳・30歳・40歳・50歳・60歳・70歳・80歳になろうとも、50%タイプの人の成長出来ない内面は、子どものままである。

【結論】
最終的な結論として私の伝えたいことは、虐待を受けた人たち(両者)は病気ではなく、悪癖が付いているだけです。
悪癖に本人が気が付くことによって、自分の意思でその悪癖を止められたら解決に至ります。
私はその悪癖に気づいてもらうお手伝いと、良い癖(習慣)を身に付けてもらうお手伝いをしています。

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(了)

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12月 07 2013 | ご報告 | No Comments »

第24回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

【第24回いじめ・虐待防止フォーラム】

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2013年(平成25)7月23日(火)新宿区大久保地域センターで、児童虐待防止の市民活動団体サークル・ダルメシアン主催による《第24回いじめ・虐待防止フォーラム》が開催された。

第一部は、カウンセラーでもありサークル・ダルメシアン代表の岡田ユキによる特別講演が行われた。

【子どもがAC(アダルトチルドレン)化傾向に向かう社会構造】

岡田 「成人して見た目は大人なのに、精神的成長が伴わず内面が子どものままの大人が増えてきたのは、現代日本が抱える負の社会構造だ。 この現象とは逆にAC(アダルトチルドレン)とは、子どもなのに大人のような言葉使いや振る舞いをする人をいい、典型的な例としてボクサーの亀田興毅(長男)氏があげられる。 彼の弟がボクシングの対戦相手であった内藤選手と試合をした際、弟が犯した違反行為に対し本来保護者の父親が取るべき責任を、長男の興毅氏がマスコミに向かって謝罪した一件があった。 あるいは、興毅氏がチャンピオンになった時のセレモニーで、本人が身につけたチャンピオンベルトと同じものを、父親にも与えたことは不思議な光景として映し出された。―――この例のように、ACとは子どもなのに大人の振る舞いをしなければならなかった人のことをいう。

【虐待死という事】

虐待死する事件の背景は、親の要求を子がすべて受け入れざるを得ない状況に陥ってしまうこと。 親が子に対し一方的な押しつけで『トイレからでるな!』と言われたら、そのまま閉じこもり餓死するといった事が後を絶たない。 このような事を起こしてしまう親は、母性(父性)のない親で、子側は逆に母性愛が非常に強い子になってしまいACとなる」

会場から質問

「普通の家庭でも子どもを産んだからといって、すぐに母親にはなれないですよね。 生れてきた赤ちゃんは無力であって、母親も赤ちゃんと日常を過ごすことによって、日々母性愛というものが育まれて母親となっていくと思う。―――岡田さんが今言われた、子が母性愛を持っているというのは、シックリ理解できないのだが・・・、

親に見捨てられると子は無力だから、ある意味親に依存しなければ生きていけない。 だから子は親の要求を先取りする本能を持っていると、言いたいのではないかと理解しますが、これでよいのでしょうか!?」

岡田 「そういう部分もありますが・・・、表記に上げた“虐待を見分ける3つのポイント”がある。これは子が本来持っている要素で

優しすぎる子。 ②親のことが大好き。 ③天然ボケな人。

などが上げられる。

ACの人は、自分の幸せよりも世の為人の為になる傾向の人が強く、

虐待を受けた親であっても、親が喜んでくれることが自分の喜びと感じる人である。

【氣學という教え】

かつて日本には「氣學」という“人になる教育”が存在した。

第二次世界大戦前まであったこの氣學は、日本古来の武士道・道徳・帝王学として教えられてきたもの。 世界の中でも小さな島国の日本民族が、どうして世界を相手に戦い脅かす程の存在を作り上げたのかを、米国が徹底的に調査精査した判断結果、日本國の凄さはこの「氣學」という教えにあると着目した。 占領下において制度改革等の日本教育から、「氣學」という存在を消してしまった史実が、米国GHQの話である。

この「氣學」教えのなかに“男性は一徳、女性は三徳”あるというものがある。 “男性は生涯夢を追い続ける子どもである”という意味を、一徳(いっとく)という言葉で表し、“女性は女から妻へ変わり母となる進化の過程” を三徳(さんとく)という形で表現した。

【性的虐待が招く社会的翳(かげ)り】

私には、7歳年上の兄と5歳上の兄がいて、小学四年生の時この7歳上の実の兄から性的虐待を受けた。 このことは決して許されるものではないが、女性として年を重ね状況が判り出すと許せる心境になってくる。

一方、男性が性的虐待を受けた場合、その反動は自分よりも弱い対象へ向けられてしまう。 実の母親から性的虐待を受けた息子は、まず動物を傷つける行動へ走り、さらにエスカレートしていくと殺傷してしまうというように過激な行動に至る。 その後事件になる幼児殺人を招いているのが、これまでに起きた悲劇的結末だ。

会場から質問

「かつて神戸市須磨区で起きた当時14歳の中学生による連続児童殺傷事件や、宮崎勤死刑囚も動物虐待から幼児へ向けられていったのでは!?」

岡田 「そうですね。 大阪教育大学附属池田小学校事件の宅間守死刑囚もそうでしたが、彼らはある意味社会の被害者でもあった。 当時私は事件を起こした加害者について、幼少期何らかの虐待を受けて育ったのではないか!?と感じていて、これらの事件加害者に接見していた東海女子大学助教授の長谷川博一氏にコンタクトをとり、加害者の背景を聞き出した」

【事件が繰り返される要因】

大阪教育大学附属池田小学校事件の宅間守元死刑囚も、幼少期虐待を受けて育っていた。 獄中の彼と接見した長谷川氏から聴いた話では、『自分を育てた親の非業さを、世に説いて欲しい』と願っていたという。 さらにその時彼が語ったのは『自分は社会の被害者でいい。 幼い命を殺してしまったことは、本当に申し訳なかった・・・だけど、自分としてはあんなことをするしか手段が見つからなかった。 誰一人として自分を助けてくれる人もいなかったし、あのような事件を起こしたから自分は死んでいく。 御遺族の方々には本当に申し訳なかったと思っている』と言い残し亡くなって逝ったという。

ところが、彼と接見した長谷川氏は宅間のことを心底理解できていなかったし、罪を犯した宅間守という男の真実背景を、腐敗している社会に対し警鐘を鳴らす様なパワーもなかった。 これは御遺族に対し自分の発言する内容で何を云われるか判らないという怖さから、接見内容を伏せているのだろう。 長谷川氏は以前サークル・ダルメサシアン主催のシンポジウムに出席して頂いた。当初ボランティア(手弁当)とのお話だったが、シンポジウムの開催日近くになって、本人から交通費、宿泊費等の負担を求められ、サークル・ダルメシアンがすべての費用を負担することになった。「みにくいあひるの子供もたち」改訂版出版の際に寄稿文をお願いした際、無償で承諾していただいた。出版直前の時点で、本人からの強い希望で、金銭的な条件をいってこられたため、今回は寄稿文の掲載をお断りすることになった。

犯罪事件を起こした事実は当然許されるものではないが、加害者となってしまった彼ら自身、虐待を受けていたことを抑圧されてきた感情の発散先が、幼児に向けられていった心理を充分に理解分析している人がいないというのも、この種の事件が繰り返される要因にもなっており、長谷川氏が心底理解していないというのは、この一点に尽きる。  社会も事件を起こした人を裁くことのみに重きを置き、あるいは死刑執行という“応報刑主義”(刑罰は犯罪により生じた害悪に対する応報であると考える立場。いわゆる旧派・古典学派)で犯罪者の更生へ向かわせる道さえ閉ざしてしまう。 私の視点で虐待の問題を見られる人がいない。この点は非常に難しい問題ではあるが、議論の喚起を促したい。

【虐待を受けて育った人は・・・】

私は2000年からカウンセラーとしての活動を始めた。

同年「みにくいアヒルの子どもたち」という本を出版し、全国から多くの人の反響を得て手紙が送られてきたが、誰一人として実名が書かれてなかったことを憂い、私はこれらの人の代弁者となり活動をしていく必要があると実感した。 当時「虐待死をまぬがれて」という小冊子を発行して無料配布していた私たちは虐待死事件のあった栃木県小山市を訪れ、担当者のあまりの意識の低さに愕然とした。

栃木県小山市で起きた幼児殺人事件がきっかけで“オレンジリボン”の活動が始まるが、事件当初は民間、行政ともに虐待に関する取り組みに関しては影も形もなかった。

「虐待死をまぬがれて」の小冊子は、行政担当者へ向けて、虐待を受ける過程とか子どもたちの心情を理解してもらいたいという想いで配布していたが、当の行政担当者から出てくる言葉は、皆一様に『世の中には完璧な人はいないのだから・・・』をよく耳にした。 まるで他人事のような印象に対し“虐待を受けている子どもたちというのは、親が放つ鋭利な刃のような感情の受け取りに失敗すると命がないのだ。 これは親の感情を読み違えると、殺されてしまうということ。 この経験は私が幼少期に体験していることなので、行政に携わる人が『世の中に完璧な人はいない』という発言には、どうしても納得が出来なかったのである。 虐待を受けて育った子の傾向を考えると、幼少期から虐待による人間的成長を遂げている為、仕事においては常に底力を発揮し、社会で成功している人が多い。

【岡田式AC判別法】

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一般の人を、人生の目標達成度合いで数値化した時、100%の達成度合いと表した。 一般の人が成長してきた過程は、0歳で誕生し人として学ぶべき愛情や、生きていく上で必要な厳しさを親本来の愛情の元に与えられ育ち、大人への階段を着実に一歩一歩登り、人として自立していくのが一般の人であろう。

ところが、私のように虐待を受けて育った人の家庭環境では、幼少期に学ばなくてもよいマイナスな教育を、日々親から押し付けられ学習して育つ。 よってすでに幼少期に“負の100%”を達成してしまっている。 私の場合、母親の出産が極めて難産であったことで、生れてからこの母親に「あんたは悪魔の子や」と言われ続けて育った。

【インナーチャイルド(幼少期の自分)】

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200%タイプの人は、インナーチャイルド(幼少期与えられなかった愛情の欠如)部分の愛情成長が、空白なまま大人になっているので、大人になってからも愛情ある伴侶に、親から与えられなかった幼少期愛情体験を実践して貰う必要がある。 そうすることによって、空白部分が徐々に埋められて自分自身の存在意味も理解納得できる。 このインナーチャイルド部分は、子どもを産んだり幸せな環境下において出てくる心理的現象。 自分が幼少期育った不遇な状況で、本来与えられるべき愛情が枯渇していた為、愛情成長部分が空白となり満足感を得られず、虐待を受けていた幼少期の自分が語りかけてくるようなこと。 この点を克服し切れず負の心境へ傾いていくと、自分が受けていた時のような虐待環境を再び作り出してしまう。日常生活においても、テレビや映画で幸せなそうな家庭場面を観てしまうと、どうしても自分の過去と比較してしまい、幻聴ではない過去の自分の声に脅かされてしまう。

このインナーチャイルド部分を解決させるには、例えば夫婦の立場にある人であれば、伴侶側が親代わり的な状況をつくり、精神的にも肉体的にも幼児体験を実践する必要がある。 そうすることにより、空白部分が大人として成長し安定していくので、幸せな御縁の導きに出会えるように祈っている。―――残念ながら、これらの内容は、今の精神科医やカウンセラーが最も理解に欠けている点であり、更によくないのはインナーチャイルドの空白部分は「忘れなさい!」という一言で片づけられていること。

このフォーラムが “現代社会の荒みを無くせるよう”に、地道な活動ではあるが続けていきたいと思う。         (了)


8月 17 2013 | ご報告 and 活動報告 | No Comments »

第23回いじめ・虐待防止フォーラムのご報告

【第23回いじめ・虐待防止フォーラム】

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2013年(平成25)4月23日(火)新宿区新大久保地域センターで、第23回いじめ虐待防止フォーラムが開催された。 今回はフォーラムの主宰である岡田ユキによる特別講演。

【特別講演】
岡田ユキ:『人権問題に対する小冊子を発行した時もそうであったが、今回季刊雑誌の「アエラ・ウィズ・ベイビー」で“いじめ虐待問題”を特集掲載された後、全国から匿名でのメール相談が多数寄せられた。 それらの相談者は、自分が経験した事は極めて恥ずかしいものと、自らが決めつけているし、しかも積極的に相談することすら行っていない。 滋賀県大津市の学校でいじめが原因による自殺した生徒や、大阪桜の宮高校での部活顧問による一件。 東京都調布市の小学校では、二年生担任のベテラン女性教諭による生徒たちに対する暴言発言などは、家庭内で問題を抱えていた教師だったりしている。 さらに、名古屋のマンガ喫茶オーナーが従業員を殺害した事件は、過去幾度となくオーナー夫妻から日常的に暴行を受けていた従業員が、身体に青アザを受けながらもそこで仕事を続けていた事が判明した。 どうしてこのような不幸な出来事が起こるのか、その発生原因と対処方法を私が幼少期から受けて来た虐待体験をもとに、私なりの“虐待構図の解読”を説明する。』

[岡田式AC(アダルトチルドレン)判別法]
このAC(アダルトチルドレン)とは、外見は子どもなのに大人の様に振る舞う子どもの事をいう。―――東京都調布市の小学校教諭が担任クラスの生徒に対し日常的に暴言を吐いていた現場録音音声が報道された。  内容は、担任教諭が出来ない生徒に対して“なじる暴言”に加え、周囲の生徒に向かって指摘した生徒を個人攻撃し、更にあおる言動を浴びせるものだった。 これはクラスの中で一人の生徒を責める時、他の生徒を巻き込んで“生贄(いけにえ)の血祭り状態”にする手法である。 この内容を聞いて感じた事は、かつて私が幼少期家庭内で受けていた、母親からの日常的暴言の数々と全く同じ状況だ。 クラスにいる生徒がいじめる側の教師の特性を、幼いながらも考えていくように学習するのは、私の家庭内においても同じだった。 これは家庭で一番権力を持つ母親=担任教師が、立場の一番弱い末娘の私を標的にする構図と、クラス内の状況とは同じだと言う事である。 クラス内でのいじめも、いじめる側(担任教諭)をサポートするサポーター(生徒)という存在が生れ、それらは教師の側に付き一人の生徒をいじめる世界が成立している。―――このように大人の顔色を四六時中伺いながら成長していくと、AC化してしまう人間が育ってしまうのが現状である。 昨今のニュース報道や各メディアの取り上げ方で多くを見聞きしている“いじめ問題”だが、今だけに起きていることではなく、過去から繰り返されてきた“いじめの構図”だ。 ここ一年くらい前から「いじめによる自殺という負の連鎖構図が事実としてある」という社会認識がようやく一般的に広がってきた。―――このAC化した子どもが歳を重ね大人になったとしても、ACだった大人はACのままの状態で変わらないのであり、年齢が高くなるほど元の“素の自分”に戻ることは極めて難しくなる。

【AC化する人の三つの特徴】
これまで私がカウンセリングしてきた相談者の傾向を診てきて、ACになりやすい人の性格的傾向を、三つに大別分類した。
①  優しすぎる人。
②  親のことが大好きで無口な子。
③  天然ボケな人(細かいことを気にしない人)。

《会場から》
質問「ボクサーの亀田三兄弟の長男はこの中でどのタイプですか?」
岡田「彼には三つ全部があてはまりますね!。 ACの人は凄く孤独感を抱えていて、幼少期から親に対して甘えるとか、他人に対して甘える事を学んでいない。 彼も見た目はクールな感じに受け取られるが、実際はとても優しい子であるはず。 それは彼がチャンピオンになった時、チャンピオンベルトを父親にまで手渡した出来事があったり、弟が対戦相手の内藤選手に蹴りをいれた一件があった時など、亀田家サイドの対応は本来であれば、彼らの保護者でもある父親が謝るべき時に、子どもである長男が父親の代わりに謝罪していた。 この事は一家を背負って生きているのが長男で、父親は子どもに守られて育っている家族構成だという事を如実に物語っている。 彼(長男)は見た目と言動から損をしているので、本人は苦しんでいると思う」

質問 「子どもが②のタイプ(親の事が大好きで無口な子)であった場合の調布小学校の一件と比較して、亀田(長男)にあてはめると父親に対して“おべんちゃら”をする必要はないのではないかと思うのだが・・・」
岡田 「あの親子関係の裏では、父が子に“手を上げる行為”が日常的に行われていたと思う。 長男が社会の大人(メディア)に向かって発言する言葉使いが、あのような状態になったいきさつは、父が子に対し『自分が社会からいじめられたから、子であるお前はその仇を討て!』くらいのことは日常的に言い聞かせていたはず。 親自身が社会に馴染めなかった為に、結果的に子どもをACに育て上げてしまった典型的な親子関係である。」

―――「もう一つの例が、レスリングのアニマル浜口親娘だろう・・・ACでは共依存という問題があり、この親娘関係は共依存関係にある」
質問 「岡田さんご自身はこのパターンですか?」
岡田 「そうです!。私の場合は息子との関係が共依存でした。子離れ出来ない親が共依存関係を作り上げてしまい、大人になった子にまで手をかけたいと思う過剰な気持ちが強過ぎると、親が子をいつまでたっても子ども扱いしてしまう。―――このバランスが崩れ乱れてしまうと、子をストーカーにさせてしまったり、家庭内暴力を引き起こさせたりする。 親が口うるさく言い過ぎて、子が親を殺したり、子が言うことを聞かないと親が殺してしまうようにエスカレートする。
―――戦後すぐの時期では、悲惨な戦争による人の死を皆が体験していた為、現代の様な社会状況はそれ程表面化してはいなかったと思うが、戦争を知らない世代の人たちが現在の状況を作り出しているのは事実である。」

質問 「アニマル浜口親娘の娘さんをみていて、熱血漢ある父親の存在は解るが、娘に対する過剰な愛情が行き過ぎている分、彼女本人は選手として本当の強さに欠けているようにみえるのだが・・・」
岡田 「―――そうですね! 彼女自身も乗り越えられない何かに苦しんでいると思う。レスリングも本心から好きでやっているのかな!?と疑問符を付けたくなる。 親の事が大好きだから、親の為にやっている節がみられる。―――このパターンもAC化した子の典型的例で、親に理解されたい!と思う子の傾向で“共依存”だ。」

【ACという人の思考行動パターン】

資料
※100%達成の人

資料
※200%達成の人

資料
※50%達成の人

私はACの人の思考行動パターンを資料①②③のグラフのように
分類した。 ①は目標達成度合い100% ②は目標達成度合い200%
③ は目標達成度合い50%を表している。 このグラフで②の200%
タイプの人がACを表す。
―――①の100%の人は一般的大人の階段を登り成長を遂げて大人になった人。
―――②の200%の人は生れてからすぐ幼少期にかけて、親から“本来、人として学ばなくてもよいマイナス100%の要求”を日常的に求められ、すでにそれを達成してしまい、さらに大人になってもより完璧な事を求められ、トータル200%(一般の人の二倍)の目標達成度合いが成立する。
―――③の50%の人は、人として大人になる階段を50%しか登らず成長してしまった人を表す。

質問 「資料②のブルー部分(大人の階段)で、学ばなくていいものを学んでいるという意味は?」
岡田 「それは暴力の仕方や、暴言の吐き方を親から学ぶということです。 200%タイプの子どもが出来てしまう背景は、外見は大人の姿で、内面は子どものまま成長出来ず大人に成なってしまった親が、200%タイプの子を育ててしまっている。 大人(親)が、暴力と暴言により子どもを躾けていると称し行う虐待行為です。―――これは大人になってから学ぶ行為ですか!?」
会場 「いいえ! 人としても学ばなくてよい事ですね」
岡田 「例えば、性的虐待の場合を考えた時、子が親からレイプの仕方を学ぶことです。 レイプの仕方が大人になる為に必要ですか!?」
会場 「必要ないですね!」
岡田 「これらの行為を日常的に躾教育として、親が子へ教えているという現実があるということを皆さんもよく理解してほしいです。―――200%タイプの子が育った家庭環境を、この子が生れてからの回想経過を表現すると、産院で出産し終えた母子が自宅へ戻り、母親の育児生活が始まったとする。 この母親が人として成長しきれぬまま親となった親だと、子の育児自体が面倒臭く煩わしいだけなのである。 虐待をする家庭の親は、子を育てることをもって成長もしない人間であるということ。 赤ん坊が泣くことも「あなた(子)自身が悪いからでしょ!」と泣く赤ん坊のせいにしてしまい、手をかけようとしない。 言葉すら発せず泣くことでしか自分の感情を表現出来ない乳幼児であるにもかかわらず、逆に怒りで子に手を上げて虐待しているのだ。

会場の声「今までの説明をお聞きして、この200%タイプの人が育った“人としての幅”は、一般の人と比較しても人間の許容範囲は二倍も広いと感じる。 確かに子として学ばなくてよい事も学んで育ってしまったが、良い意味の見方をすれば人間として幅があると云うことではないのだろうか!?。 単にマイナス面ばかりではない気がする」
岡田 「そうです!。」
会場 「一般的な100%タイプの人が良いとばかりは言えないと思う。厳しさや優しさを学び成長した100%タイプの人は、“究極の悪さ”だとかは知らないだろう。・・・であるから、200%タイプの人の方が人間的幅があり良いと思うのだが」
岡田 「そうです! そこの部分を解って頂けたらよいですね。 世の中では虐待を受けて200%タイプになってしまった人を、悪い人だとレッテルを貼ってしまっている感がある。 例えば亀田(長男)氏とプライベートで友人関係もしくは、付き合ってみたいと思うでしょうか!?。 皆さんなんとなく遠ざけてしまうのは本心ではないですか。 実際は今、会場から上がった声のように良い人間であることには間違いないのです」 

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【インナーチャイルドという言葉】
岡田 「この業界用語は、幼少期に体験して閉ざしてしまった自分、過去の感情が、成長して大人になった時に再び現われてくる感情現象の事。―――インナーチャイルド現象を抱えた人が、一般社会の中で孤立した状況を感じ自らを苦しめることで、乗り越えられないでいる現代社会の見えない負の構造がある。 これまで話したように200%タイプの人は、人間的幅を持って要るにもかかわらず、一般社会の中に溶け込めず周囲の人にもなかなか理解されずにいる。―――ではこのインナーチャイルドの負の部分を解決するには何が必要なのかというと、異性によって自分自身の親代わりをして貰うことが重要になってくる。 具体的には、インナーチャイルドの人は、幼少期に親から愛情あるスキンシップ(例えば抱っこ)を充分にして貰えなかったので、大人になった人であってもこの触れ合いが非常に大切であるということ。―――例えば歌手のマイケル・ジャクソンが“ネバーランド”と称した豪邸の屋敷で、他人の子どもたちと一緒に生活を共にしたことは、彼がACであったという典型的例だろう。 幼少期から芸能界に身を置き、彼自身が子どもとして出来なかった事を、大人となりあのような状況を作り出した。子どもと一緒に遊ぶ生活をした事を理解できない一般の人々には、異常な行動にしか受け取られず変質者的な性癖者として批判の的となっていた。 少なくとも彼の周囲に理解ある異性がいて、親代わり的な対応をしていてくれたなら、彼は理解されていただろう。―――私の場合は、この親代わり的理解者(息子)や(異性)がいたので、大人になってからも少しずつ成長の階段を登ってこれた。 社会の中で埋もれたままのこの200%タイプの人たちは、子どもの頃から他人に気を使い気配りし、人の気持ちが判り過ぎる位判る人なので、人材育成や人の教育を行うリーダー的立場に最適なのだが、なかなかその芽を芽吹かせてあげることが出来ていないのが現状だ。

質問 「50%タイプの人は、ACではないですよね!?」
岡田 「そうですね。50%タイプの人は“大人になる為の成長の階段を最後まで登れず途中で大人になった人“をいいます。
いわゆる以前の民主党政権の方々に多くいた。 今の自民党政権にもいないとは言えないが、松下政経塾の中にはこの50%タイプが多い」
質問 「それは一言で云うと自己中(ジコチュウ)ですか!?」
岡田 「自己中心的というよりも無責任!。 あるいは、自分の責任範囲を理解できていなくて責任を取れない人。 これは彼らに言わせると、自分が責任を取ろうとしても秘書がその責任を取ってしまったり、親が取ったり教育的立場の人が出てきて、本来本人が取るべき責任を身代わりで取ってしまうといったようなこと。―――この人たちもある意味不幸であると思う。 人生は“苦あれば楽もあるさ”というように、苦労も味わい体験してこそ楽しいことを判るはずだが、苦の部分を経験できず中途半端な成長をしている。 ―――それらの不平や不満が積り積もって鬱積した感情を爆発させ、家庭内暴力という形の事件を起こしてしまうのが、この50%タイプの人に多く、“ウザイ!”という親への不満が過激にエスカレートしてしまうと親殺しが行われてしまう。」

【50%タイプと200%タイプの違い】
岡田 「この二つのタイプの人の違いは、個々の責任能力の違いによる責任能力の問題である。―――200%タイプの人の責任範囲は人の二倍もの責任まで取ってしまう。 仮に50%タイプの親だとしたら、200%タイプの子が親の責任まで取ってしまうといった様なこと。 これは一般的会社企業でもよくあることで、“どうしてそこまで責任を取る必要があるのか!?”と思い当たる人が身近にもおられると思う。 あるいは、何も悪い事をしていないのに口癖で「ゴメンなさい!スミマセン」を連呼して周囲に気を使い過ぎているような人も同様である。―――逆に50%タイプの人は、自分の責任範囲を理解出来ていないので「やります!」と発言しておきながら最後までやりきれていない人。 これは今まで周囲にいる誰かが責任を代わりに取ってくれていた為、結果的に“嘘つき”呼ばわりされているが、本人からすると全く嘘をついている意識はないのだ。

質問 「50%タイプの人と200%タイプの人の世の中での割合は、大雑把に言ってどれ位を占めているのでしょうか」
岡田 「医師の立場にいる人に50%タイプが多く、中でも精神科医や臨床心理士は顕著だと思う。 外科医や脳外科医だとオペが頻繁にあり、更には救急救命士のような一刻を争うような、緊迫した状況にいる医師では200%タイプが多い。―――医療者として医師を目指してきた人たちは、医師になる為の過酷な受験勉強ばかりに没頭してきた。 そんな通称“我利勉(ガリベン)”生活を過ごしてきた人に向かって、果して心の病に冒され悩みをもった人が相談できるのだろうか。 いくら医学の勉強をしてきた専門家であっても、そういった人が白衣を着て精神科医の肩書を持てば、患者はこれらの医師のもとに足を運ぶことになる。人としての本質を見極める事を学ばず医師となった人が、間違った処方をしているのが現代医療の現実である。

【「氣學」という人になる學問】
岡田 「数年前に“氣學”というものを学んだ。これはかつての道徳であり武士道を表し、海外では帝王学と呼ばれるもの。日本では聖徳太子が最初に教えたとされる学校の始まり。“男女七歳にして席を同じうせず”という故事がある。この本質的意味は、男は七歳から生き抜く為に狩りや英知を学び、女は生涯の伴侶を得て妻になり、子を授かり母となる為の教えを表している。―――男は生涯をかけて家族を守りいくら年齢を重ねても子どもであるといい“一徳”。女は、女から妻へ変わり母となる成長の進化で“三徳”あるという。」
―――「私の所へ中学校の修学旅行生が訪ねてくる。 生徒たちにも虐待に関する話をする中で、『我が子を虐待する人は赤ちゃんに慣れていないからですか?』と問い掛けがあった。 聞かされたのは生徒たちも虐待問題を深刻に考えていて、授業の一環で実際の赤ちゃんをあやしたり、触れ合い方を学んでいるそうだ。『こういった事を経験していたら虐待というものは起こりませんか!?』とも質問された。 ―――これについて思う事は、その授業も大切ではあるが母性というものを育てなければ、赤ちゃんは単なるペットでしかないと感じている。 事件を起こしている女性をみていると、内面は女のままだ。 妻という段階で異性である男性(伴侶)から愛情を得て、女性側からも愛情を与え合うことにより、子を産みたいと考え、授かり育児という事が行われるのであって、このステップを経験していく過程で、母性というものが芽生え育まれ成長するのである。
―――現代女性の家庭生活にあって、夫のケータイの着信履歴が気になってついつい覗いてしまうような妻というのは“オンナ”の部分が非常に強い人である。 良妻であれば夫は仕事に就いても、伸び伸びと出来る夫婦関係が構築され安定している。 女から妻となった人が良き妻となれるか、さらには良き母性が成長できるかで決まってしまう。
―――男性の場合は、皆母親的な立場となってくれる人が欲しいのであって、“オンナの母”ではうまくいかない。 この“オンナの母”部分がいじめを生んだり虐待をしたりして自殺に追い込んだり、親殺し子殺しという悲惨な結末をたどってしまう。―――これを踏まえると、特に200%タイプが母性の強い傾向にある。 この母性父性の部分を周囲の人が理解し補ってくれる必要があり、いわゆるインナーチャイルドの部分も同様に当てはまり重要な存在となる。
―――50%タイプの人が成長不足していた部分を、200%タイプの人の補助で上手に育ててくれるので、良い関係も築け70%・80%・90%と成長変化できる要素を充分に含んでいることを決して忘れてはならない。 大人の階段を過保護による無責任な成長度合いで50%のまま大人になってしまった人も、200%タイプの人の成長教育により一般的成人に成り得るのは、躾と虐待の本質的境目で虐待されていた体験があるからこそ、50%タイプの人に対して厳しく躾ける本質をもって、やり遂げられる様に見えない部分で支え導き教えられるのである。
質問 「50%タイプの人が周囲の理解によって100%に成長出来る事は判ったが、 200%タイプの人は100%タイプになる必要があるのではないか」
岡田 「そうですね!。 200%タイプの人はそこまで出来る能力をすでに身につけているので、常に200%である必要はない。ある意味人は、多重人格である必要があると思うのは、友人と話す時と上司と話す時では、それぞれ話し方が違うという意味での多重人格と例える。―――この場合200%タイプの人があらゆる面で完璧を求めるような行動を、外でも内(家庭)でもしていると息を抜く場もなくなってしまい、結局自らを追い込んで病院の医師に相談すると、分裂症だの統合失調症だの不安をあおる病名だけを付けられ、病気になってしまう。 それらは本質を見極められず育った50%タイプの医師が診断してしまうから、そういったことが繰り返し起きている。

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質問  「岡田さんのお母さんは50%タイプでしたか?」

岡田  「そうでした!。加えて“母性のなかったオンナ”です」
質問  「それは、お父さんに愛されていなかった!?」
岡田  「母は五人兄姉の末っ子で、戦争で二人が亡くなり女三人になった。 すぐ上の姉は職業婦人と呼ばれ非常に綺麗だった為、村でも人気者で母は常に比較される対象だったらしい。 そんな姉妹関係から逃れたい一心から都会への願望があり、京都西陣の叔父宅によく遊びに行った。そこに出入りしていた父を紹介された。当時他に結婚したかった男性がいたが想いは叶わず、仕方なく父と結婚する破目になった。 暫くして長男が誕生すると母は彼を溺愛し育て、二男が誕生しても二男は母にとっては“別物”で見向きもしない程の子育てとなり、溺愛される兄とは違い二男は母の愛情を与えられずに育った。やがて流産も経験した後待望の娘の私が誕生した。 私は母が溺愛していた長男から、何も判らないまま性的虐待を受けていたのだ。 私自身カウンセラーの仕事をするようになった頃から、自分の幼少期のかすかな記憶が蘇ってきた中に、母が長男の兄と性的交渉をしていた光景をうっすら覚えている」

【母の死と父の死】
岡田  「もう一つ重たい話になるが、母が先に事故で亡くなり、一年半後父も亡くなった。―――母は糖尿病で入院、認知症と軽度の脳梗塞であった為、正月休みには自宅へ帰って来ていた。 両親二人だけで正月の雑煮を食べた直後、母は喉に餅を詰まらせて死亡した。 近所に住む二男夫婦が駆けつけて嫁が父から聞いた話によると、小さく切った餅を母に与えたと父が言っていたらしいが、検死結果から喉に大きなお餅が、2つ詰まっていた事が判明した。 二男夫婦が実家に帰ると、父が嫁にセクハラをしていたらしく、嫁は恐怖で近寄らなくなった。 だが夫である二男は自分の妻に対して「年寄りだから」というばかりを繰り返し、やがてこの嫁は引きこもり自殺願望に悩まされていた。
――― この父は、母が亡くなる前には四つもあった癌が、母が亡くなった途端全て消え去り、京都から東京へ旅行が出来るまでの体に快復し、このフォーラムにも出席してくれた。 母が亡くなってから一年半後父も他界した。 父の葬儀を済ませ納骨の時墓石を開けると、母の骨壺を置いてある箇所がコンクリートで固められてあったのは、恐らく父が母の恐ろしさを怖れてやったものだろうと感じた。 母が亡くなった後、初めて父と二人だけで一日中話す機会があった時の、父の言葉を思い出した「母との結婚生活は生涯苦痛で、亡くなってよかった」と・・・その時私の感情も父と同じで、本心から楽になったと思った。

【何があっても親は親!?】
岡田 「これまで私がよく言われていた言葉がある。“何があっても親は親であって、子どものことを思っているはずだから、今は無理でも仲良くしてね”と。 さらに“親も高齢だからね”と付け加えられる。―――私たちにしてみれば、こちらは親のことが大好きで関わりたいと願って接するのだが、親の方が私を否定しているので拒絶されてしまう。 以前小学校の恩師が私の本を読み、数十年ぶりに再会した。その時、かつて恩師が私の家に家庭訪問をした時の様子を思い出し、『この母子関係は何かおかしいなと感じる部分があったが、教室で楽しく過ごす様子をみて、何かの思い違いだろうと見過ごした事を教えられ、あの時気付いていたら・・・』と言われ、私から母への仲介をお願いしたら、『私も高齢でシンドイ、自分でどうにかして!・・・』と拒まれた。

質問 「岡田さんご自身も若くして結婚され、子が出来自分が受けた虐待を息子さんにされたことは、トラウマ(精神的外傷)なのですか!?」
岡田 「トラウマと言うよりも、学ばなくても良い学習を受けたと云う方があてはまる。 私は物心ついた頃から、家庭内で家族にいじめられていたので、自分自身が悪いのだと思いこまざるを得ない状況で育った。 一般家庭で行われている普通の親の愛というものを知らないで育っている。DVの夫と結婚したのも、娘としては自分の父親と似たような伴侶を選ぶというのと同じで、夫もそうだったということ。
50%タイプの人が甘えてくるような男性を、自分で選んでしまう。―――共依存関係で成り立っていた両親(夫婦関係)をみて育った子は、結果的に依存してくる人を選んでしまう。 私の場合の離婚は、息子が自分の父親とは一緒に居たくないの一言がきっかけで、それまで息子の為を思い、主人と一緒に居ることを我慢していたので、鬱積していたDVの夫に対する感情が一気に吐き出され離婚した」

【シングルマザーとして京都から東京へ】
岡田 「息子の転校は小学二年の時だった。 慣れない環境と初めて接する東京弁の言葉使いに、息子は学校で暴力的というクラスの友達からレッテルを貼られていた。 息子の話し方はぎこちなくも標準語で、ノリツッコミも標準語でやる為に叩かれたと思われてしまい、次第に孤立していた。
その年の運動会に参加した時、息子のクラスの友達の中に私が強引に入り、関西系のノリで漫才風におどけてみせると、一転して人気者扱いされ面白い母親が受けて、息子にもその影響が移り、一気に仲よしとなり息子の誤解が解けた。―――この息子が支えとなりお互いが成長し、子の方が親離れしてくれて自立できた。

【更生するということ】
岡田 「50%タイプの人の更生という意味では、自分の目標に向かって成し遂げられる周囲の厳しい支えがあれば、育っていくのだという環境を作ってほしい。―――200%タイプの人は縁の下の力持ちとなる気持ちが強い。 特に自分の生活にパワーを使っているので、他人のことまで手を回し面倒をみるまでには至らない。 私もそうであるように、このタイプの人は常に自分探しをしている状態がある。自分の不足している部分を他人に求めても返ってこないので、仕事に打ち込むとその代償は頑張れば頑張っただけ返ってくるため、逆に頑張り過ぎてウツになる人が大半である。
――-自殺ということについても、200%タイプの人は“富士山の樹海に入り人目に触れない場所へ行き、ひっそりと死を選ぶ。 50%タイプの人は電車に飛び込んだり、他人に迷惑をかけるような死に方をする。―――過去私も自殺未遂した時は、家の布団に入り手首を切ったが、布団を汚したりしたらまた母親に“どやしつけられる”と考えて腕を上げた状態にしていたらそのまま眠ってしまい、朝起きたら傷の血が固まっていたことがあった」

会場 「どちらのタイプの人も、それぞれサポートしてくれる人が必要ということですね!」
岡田 「50%タイプの人には厳しく、200%タイプの人には優しく育てるサポートが必要です。―――前回のフォーラムでも講演して頂いている国際医療研究センター国府台病院の内科医長である三島先生の話しでは、先生が部下から何か言われたら腹が立つと云われるが、私からするとなぜそんなこと位で怒りの感情がでるのか判らない。 私の場合だと、逆に意見や教えてくれたりすると、有り難く思い嬉しいと感じてしまう」

岡田 「例え話しだが、泥棒とスパイを比較してみると、他人の家に入り込んで盗むコソ泥は、箪笥の引き出しから何もかも開けっ放しにしたまま片付けもせずに逃げていく。これは50%タイプの人であって、スパイは侵入した形跡すら消し去り必要なものだけを盗んで跡形もなく立ち去る。これは200%タイプの人だ。 TV局の取材も受けるが200%タイプは表には現れにくく道徳心が備わっているので、影像対象としては地味である。局側の人間の中にも200%タイプの人がいるので、逆に200%タイプの人を認めようとしない傾向にある。 50%タイプの人が影像的に判り易いというのは、ひきこもりだとか家庭内暴力というように、自己アピールがうまく、目に見える形があるから取り上げやすいのである。―――体罰の問題であっても同様で、かつて幼少期に体罰を受けて育った人が、それがあって成長したと思い込んでいる人が大人になり、同じ様に体罰を繰り返しているのは、過去の学習体験があるからこそ、やる体罰である。 体罰にしてもいじめにしても、無意識にやっている部分は少なからずあると思う。 子どもの頃のエスカレートさが自殺に追い込むケースにつながっている。 ある養護施設に行くことがあり、そこで生活する小学校2・3年生に私の本を読んでもらったら、子どもたちが職員にも話していなかったことを、私に語ってくれるようになった。 これは子どもであっても何か感じるもの、判る部分があるのだと実感した」

会場 「虐待問題は、マイナス面ばかりではなく、プラスの面もあるのだということを、次のステップでは表現したらよいと思う」
(了)

6月 10 2013 | ご報告 and 活動報告 | No Comments »

第23回いじめ・虐待防止フォーラムのご案内

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ひとりで悩んでいるあなたへ…

ここに来れば何かが変わります

特 別 講 演

平成25 年 4月 23日(火) 13:00開場/13:30開始~ 17:15終了

新宿区大久保地域センター・会議室B

入場無料(完全申込制・希望者多数の場合は抽選となります)

【第1部 特別講演】岡田 ユキ

主催 児童虐待防止の市民活動団体 サークル・ダルメシアン

後援 新宿区・社会福祉法人新宿区社会福祉協議会・新宿区教育委員会・NPO法人あきらめない

新宿区更生保護女性会・東京ボランティア市民活動センター・テラクリエーション

お問合わせ先 事務局(垣内携帯)090-3342-8562

ホームページ http://cdal.org メールinfo@cdal.org

【第2部 パネルディスカッション】

パネリスト : 岡田ユキ(カウンセラー・サークルダルメシアン代表)

: 三島修一氏(国立国際医療センター国府台病院第1内科医長)

(当日変更の場合もあります)

● 岡田ユキのAC判別法解説(虐待体験者の解決法を教えます)

● 質疑応答・アピールタイム・意見交流・他

4月 08 2013 | ご報告 | No Comments »

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