岡田ユキ代表による虐待の問題と解決策(過去のブログからまとめ)

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【私の幼少期の家庭】
「私は幼少期から、両親・兄弟からいじめられ続け“悪魔の子”
と言われて育った。 世の中に出て行ったら周囲の人・他人からは逆に“天使のような人ね!”と言われた自分だった。 家庭の中の自分と、社会に出た自分と では真逆の対応を受け、自分自身は果してどっちが本当の自分なのか判らなかった。 学校へ行き始めたりする頃から、家庭の外の世界に接していくと、他人か ら私の事を『よい人ね!』と言われ、少し自信がついた気持ちを親に話すと『世の中の人は皆嘘つきだから、他人の言うことを信用するな!』と、また壁を作ら れる繰り返しで洗脳されてきた。

【日本社会に残る儒教】
日本社会には、昔から儒教というものが根底にあるために、親のことを悪く言えない環境がある。 私の知人に“親が私に対して批判的に接している”と話す と、『それは娘であるあなたのことを思って親は言っているのだから、御両親の愛情がないなんてことはないのよ!。だから娘のあなたが話をよく聞いてあげな さい』と言われてしまっていた。 そう言われた私自身は、[やっぱり、私が悪いのだ。自分が我儘だったんだ!]と反省・理解・納得していた。 でも、私自 身は何か胸につかえた苦しいものが残ったまま、子どもから大人になり何かもやもやしたものを内面に抱えて成長してきた。
結婚生活に関しても、愛情ある家庭というものが判らず育っているから、上手くいくわけがなく長続きしなかった。 世の中にある極一般的で幸せな家庭と、私 が育ってきた家庭環境とでは、どこに違いがあって何が違うのか、自分では理解できないまま苦しんでいた。―――《みにくいアヒルの子どもたち》という本を 書き上げる過程において、自分自身の心の整理がついて、本来の自分というものに気付かされた。 この本が出版され図書館に蔵書として置かれるようになった 頃、本の出版社に全国から読者の手紙が私宛で寄せられた。 手紙の大半は、私と似た体験をされた多くの読者で、応援のお手紙ではあったが、送り主の名前 が記されていなかったことには驚いた。 それがきっかけとなってカウンセラーを目指し、今に至っている。

【3つのタイプに分類】
「私は世の中の人が、3つのタイプに分けられると自分なりの納得を得られた。 その分類を表すと、一般的な人を100%タイプの(自己目標の達成度合い・内面の目標率)標準にして、

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200%タイプの人と50%タイプの人で世の中が構成されていると考えた。

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自分の事しか考えられない人というのは、内面のキャパシティー(容量・受容量・能力)が小さい50%タイプの人であって、他人のことを最優先に考え 何とか手助けできないか悩んだり、労力をかける200%タイプの人は、内面のキャパシティーが大きい人の部類に入る。 この200%タイプの人が、 “AC”と呼ばれる。

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【ACの定義】
「どちらがAC?」
①  大人なのに内面が成長出来ず、子どものような大人。
②  外見は子どもなのに、大人の様に振る舞う子ども。
答えは②である。
岡田 「なぜ、人はACになるのでしょうか!?。 ACの親は
内面が“子ども化”しており、人間的成長を遂げていな
い。―――ある中学生が私の所へ学びに来てくれた。彼
女が通う中学校の授業内容の一つに、赤ちゃんをあやしたり、抱いたりする母親の疑似体験授業内容があることを聞かされた。 この授業の目的は、現代社会で赤ちゃんを虐待する事件が相次ぎ、そのことを危惧した結果、学校教育のカリキュラムに加えられたことを知った。
この中学生から『私たちが、この授業を受けて母親になった時、よい母親になれるのでしょうか!?』と質問された。 その時私は『それは違う!』と答えた。 なぜなら、母になるということは、まず母性というものが成長していないと成立しないのである。 世の中で自分の子どもを虐待して殺す母親というのは、母性 がないのでありそこまで成長しきれずに、子どもを産み母親になってしまった人である。 学校の疑似体験で赤ちゃんをあやす授業では、単にペットとしての領 域でしかない。

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【“氣學”という教え】
日本古来の教えの中に、氣學(きがく)というものがある。
「男女七歳にして席を同じくせず」という言葉(論語の一節)の意
味を、氣學では教えている。 人は男女7歳を境にして心身が成
長していくため、別々の教育を施してきた。 この教えのなかに
「男は一德、女は三德ある」というものがあり、“男は一生涯子
どもである“という一德と、女の三德は、女として生れた一德に
伴侶となる妻としての二德、子を授かり産み育てる母として三德
の教えを伝授し、出世魚のような三段階成長過程が必要であると
いう意味で、“三德”という言葉で表した。―――ところが戦後(第
二次世界大戦)、世界の中でも極めて小さな日本という国が、世界
を圧倒した根本は、どこにあるのかを米国側が調査研究した結果、
日本民族を作り上げた根底に“氣學”という存在があり、加えて
武士道精神が驚異的な力となり、影響を与えたという結論に至り、
米国側は多大な脅威となった“氣學”という存在を、戦後日本の
教育から抹殺してしまった。 よって、戦後日本の教育からは家
庭における女、女子教育の根本がはずれ女の子のまま(内面的に)
成長し、大人になってしまい女子のまま母親になってしまったと
いうこと。

【ボクシングの亀田一家】
亀田興毅氏(長男)の弟・大毅氏が18歳当時、世界チャンピオンの
内藤大助氏と対戦した際、反則行為を繰り返し大きく報道され、
社会的制裁を浴びせられた一件があった。 この時公の前に現れたのは、トレーナーでもあった父親ではなく、長男の興毅氏が謝罪会見していた。 これは本来 父親が行うべきものを、息子の興毅氏が責任を取っていた。 彼(長男興毅氏)も幼少期、親から100%を求められ、さらに100%を自分に課して力を発揮 せざるを得ない生き方・育ち方をしてきた結果である。 この興毅氏がチャンピオンになった時、自分が獲得したチャンピオンベルトを父親にも渡した光景は、 子どもである興毅氏が父親を子どもにみて、尽くしている構図。子どもなのに通常の親子以上に、親に手を掛けているような子どもをACと呼び、世の中にも多 く存在する。―――皆さんの周囲にも、これに似たケースで[子が親を甘やかしているな!?もう少し親を自立させた方がよいのに…]と思われる人がおられる と思うが、ACの子は親と共依存関係にあり、[自分が親の面倒をみないといけない]という気持ちを幼少期から植え付けられているので、本来自分の居場所を 見つけらずに苦しんでいる人が多い。 興毅氏の場合も、父が彼に対して『俺がいじめられてきた世の中に対して、お前が仇を討ってくれよ』と繰り返し言って 育てたと思う。 興毅氏がいくら世の中で頑張っても、チャンピオンになっても両親からの愛情をもれえずに育ってきているので、愛情に飢えた幼少期を抱えた まま苦しんでいる典型的なACである。 一般的にはこういう子どもは、子どもなのに幼少期から100%を達成しているため、大人になりさらに100%を目 指し頑張り過ぎて“ウツ”になる人が多い。

【岡田式AC判別法】

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一般的な人というのは、生れて人が成長していく階段を、正比例の図表のように登っていく。 この段階で家庭では厳しさや優しさ・人としての責任などを、親から学んで育つ。
資料②のACと呼ばれる人の成長は、一般の人とは逆で0歳からマイナスの方へ親から植え付けられてしまう。
―――私の場合だと、『生れた時から母親の私を苦しめたから、悪魔の子だ』と言われ続けられたり、あるいはTV報道で殺人事件を起こした犯人を指して『あ んたも大人になったら、こんな風になるから親のいうことを聞きなさい』と悪い例ばかりを植え付けられるということをされてきた。 この“負の成長”は本来 子どもが成長するのに知らなくてよい部分である。 ところがACでは幼少期に、このようなことが日常的に行われているのが現実で、親子関係が大人になれば なるほどエスカレートしていく。 親からの躾!?では、とことん落とされて“下向きの躾”をされてしまい、やがてこれが犯罪へ手を染めていく親からの強制 的洗脳教育である。
―――虐待をする親は、一般の常識では考えられないほど自己中心的で、外見は大人なのに内面は完全な子どもなのである。 幼少期から甘やかされて我儘し放 題の育ち方をしてきた人なので、大人になるチャンスを失ってしまった。これが資料③の50%の成長しかないのに外見だけが大人になった人のこと。 50% しか達成出来ていないのに『あなたは出来るよ』と親が甘やかした人。
50%タイプの親にして、200%タイプの子どもを作ってしまう。なぜなら、親の言うとおりに育てたから『もっと頑張れ!』と言うと、親から好かれようと 懸命に親の願いを叶えようと頑張ってしまう。…が、当の親は満足することはなく、子がやれてしまうから逆に腹が立ち、矛盾した感情が湧いてくる。 このよ うな感情が出てくる背景には、幼少期から与えられ過ぎと過保護な結果、自分で責任を取る事を学ばず、自らの達成感も味わえなかったことによる。
―――200%タイプの人が、50%タイプの人に話しても理解されることはないし、50%タイプの人が悩んでいる内容を、200%タイプの人が知ると『ど うしてそんなことで悩むのか!?自分で解決すればよいのに』といった風で、同様に話にならない。 私の元へカウンセリングに来られる方の多くは、200% タイプの人で50%タイプの人に振り回されている。 この50%タイプの人には“ハレものに触る”ように接するのではなく、厳しくするべきだが、自己ア ピールが上手で弁が立つので、口で言うことと行動が伴なわず、他人から助言等を言われただけで「傷つけられた!」と大騒ぎするといったことがよく見受けら れる。

【50%タイプと200%タイプの怒りの感情】
先程三島先生の言われた“怒りの感情”で、50%タイプの人はすぐに怒る。 200%タイプの人は逆に無口で、感情を表に出さないのは子どもの頃から、親 の上から目線で押さえつけられており、何をやるにしても[お前のやる事はダメ!]だとか、口答えできないように仕向けられ、当たり前のように“負の常識” を洗脳されてきている為だからである。 このことがあるので、本人は常に劣等感を抱えて、[常に頑張らないといけない]と考え行動してきた。 頑張り過ぎ てウツになり、自傷行為に走ったり自殺に追い込んだりしてしまう。
―――50%タイプと200%タイプを自殺ということで比較した場合、50%タイプの人の死に方は、ビルから飛び降りたり電車に飛び込むといった行動に出 る。周囲の他人にまでアピールして死ぬ死に方を行う。 一方200%タイプの人は、富士山の樹海に入って誰にも知られず人に判らない様な死に方を選ぶ。  三島先生のもとへ来られる患者は、200%タイプの人が多く[自分が精神を病むなんてことは、まだまだ頑張りが足りない]と常日頃思っているから、周囲の 人がこの200%タイプの人をしっかりと見極めて気付いてほしいと切に願う。
AC(200%タイプになる人)には、3つのパターンがある。
①  優しすぎる人。
②  親のことが大好きで無口な人(逆に親の悪い面もよく判っている)。
③  天然ボケな人。(器の大きい人)

【虐待している親は、判ってやっている】
虐待をする親は、子どもが自分の言うことを聞くと判っているので、アピールする子には決して虐待(暴力)はしない。 なぜなら家庭の外に向かって、家庭内 で起きていることを口外するので手を上げることはしない。 親の言うことに対し、決して逆らわず頑張ってやり遂げる子に向かっては平気で暴力を使い手なず ける(自分もそうされてきたから)。 親からすると心地よいので、その子に対して親が受けたストレスも、子どもが吐け口となり悪循環が“くせ”になってい る。―――ホームレスが、いきなり今日から臭い匂いがするようにはならないのと同じで、初めは普通の人だったのが、長い時間をかけて匂いがするホームレス になったのと同じ“くせ”である。 虐待されている子どもが、親から言われた『トイレから一歩も出るな!』の一言で、それを守り続けて閉じ込められいるの は、過去に“出たことにより”叩かれ殴られ食事さえ与えられなかった経験があるから、餓死するような事件が起きている。 世間は[なぜ親が気付かなかった のか!?]と必ず疑問の議論が始まるが、親は気付いて判ってやっていることが、エスカレートしていった結果の出来事である。 [1回やったら成功した! じゃあ2回やってみよう…3回、4回]というように、これも“くせ”になっていくという虐待の構図だ。 200%タイプの人に対しての助言は、[あなたの 周囲に居る50%タイプの人に対して、決して優しい言葉を掛けてはならない!もしあなたの立場だったら、50%タイプの人が言う様なことや行いをします か!?逆に厳しい態度や言動で接しなさい!]とカウンセリング・アドバイスをしている。 精神科医として診察する医師も、ほぼ50%タイプの部類に入り、 200%タイプの患者のことを理解出来ていないから、2次的3次的虐待を病院で受け、被害が慢性化しているのが悲しい現実である。

【渋谷のDJポリス】
渋谷の交差点に立ち、DJポリスとして一躍時の人となった警官が表彰されたが、私は「どうして!?」の疑問が即座に浮かんだ。 それは[警官の当たり前の仕事でしょ!]と思い、彼の行動が過大評価されていることに“不思議さ”を感じてしまった。
200%タイプの人からすると、なぜその程度の事で表彰されるのかと・・・もっと見えない所で地道な活動をされている方が多くいるのにと思ってしまった。  これは、50%タイプの人が社会の中に増えて来た結果の現れだと感じ、世の中の社会構造が虐待を仕向けるような風潮に変わってきて、大きな問題だと危惧 している。―――もう一つ気になる問題がある。 最近私の所へ相談に来られる方の中に、クリスチャンの方が多く[どうして!?]と思い考えてみると、これ らの方々の非常に強い“罪の意識”により、絶対的支配者に反発したら地獄にでもいくような気持ちを抱えておられる。自助グループの解決方法の一つに、キリ スト教の“12ステップ”というのがあり、日本人の根底にある仏教的(儒教)教えになじめず、キリスト教の教えを50%タイプの人が、200%タイプの人 に教えている為悩んでいる人が多くなってきている。

【十界(じっかい)】

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十界(じっかい)とは、迷いと悟りの全世界を10種類に分けたもの。
すなわち地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界(以上迷界)と声聞(しょうもん)界・縁覚界・菩薩界・仏界(以上悟界)。天上界までの六界は迷いの世界でこれを六凡と称し、声聞界以下は悟りの世界でこれを四聖という(広辞苑より抜粋)。

私が分類した50%タイプの人と200%タイプの人を見た時、仏教界における“十界”というものに当てはまるな!と感じたので御説明したい。――― 人は六道があり、50%タイプの人はこの六道の中を行ったり来たりしてウロウロ状態にいるため、極端な怒りを表したり、その捌け口を子どもに向かわせ虐待 をしている。この虐待をしている親から、子どもは自分の存在や自分とはなんなのかという自己存在の意味を、幼少期から哲学的思考探求をしていて、良い人に なろうと心掛けている。 周囲の人の声を聞き、声聞という修行を日常的に行ってきた。 ある日、虐待を受けて来た子どもが「もしかしたら自分の親は間違っ ているのではないか!?」と気付き、ようやく親元を離れる行動に出ることを“里離”と呼び、親離れが発生し仏教界での“悟り”へとつながっている。それま で虐待してきた親から、自分の考えによって離れて本来の自分というものを見つけ出していく。

【インナーチャイルドとは】
200%タイプの人は、負の成長を親から受けて自分の力で0まで這い上がってきたが、今度は自分が親となった時自分の子どもに対して[あなたは可愛がられ て育っているけど、私が子どもの時は親から虐待されて育った]と、無意識のうちに親と同じ虐待をしてしまう自分がいる。私もそうでした・・・。 この無意 識の部分は、幼少期に与えられなかった親からの“正当な愛情不足”によるもので、恋人や新しい伴侶となる相手により、幼児体験を実践して頂く必要がある。  それによってインナーチャイルドの部分が、一般の人と同じ成長過程をたどり“成人”していく。
―――逆に50%タイプの人には、インナーチャイルドの部分がない。 子どもの頃から大人になってまでも、子どもの内面であるので大人としての厳しさを育 て上げるように接していかなければ“成人”しない。 たとえ年齢が20歳・30歳・40歳・50歳・60歳・70歳・80歳になろうとも、50%タイプの 人の成長出来ない内面は、子どものままである。

【結論】
最終的な結論として私の伝えたいことは、虐待を受けた人たち(両者)は病気ではなく、悪癖が付いているだけです。
悪癖に本人が気が付くことによって、自分の意思でその悪癖を止められたら解決に至ります。
私はその悪癖に気づいてもらうお手伝いと、良い癖(習慣)を身に付けてもらうお手伝いをしています。

8月 16 2014 09:05 pm | 伝えたいこと

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