母の死によりまともになった私の家族

岡田ユキと父 

今年1月1日に実家の母が他界しました。
お餅がのどに詰まって事故死でした。
正直、私は「ほっと」しました。
昨年十数年ぶりに再会したものの、この先どのように母親と関わっていこうか?
と思案中だったからです。
母との関係が近くなりすぎるとまた、母は以前のように悪い癖が出て私にストレスをぶつけてくるでしょう。
それがわかるから慎重に親とは付き合おうと思っていた矢先の出来事でした。
母の死により、初めて父親と真剣に話しができました。
父親の話では3年前から母とは家庭内別居をしていたそうです。
会話もなく食事や買い物も別々の寂しい生活を送っていたそうです。
母が口を開けば、他人の悪口や自身の人生への後悔、
結果すべて父親が悪いといっては責められていたそうです。
父親も正直「ほっと」したそうです。

母の人生は母の心次第でいくらでも幸せになれたのに、
自分から望んでその幸せをぶち壊していました。
そのゆがんだ心が魔に支配されて、どんどん奈落の底に落ちて行きました。
父の話では私と再会した後、体調も良くなって病院から自宅に戻ってきたそうです。
ある日、母のお姉さんが母の退院を祝いに来てくれたそうですが、そこでまた母の口から
人の悪口が出たそうです。
お姉さんはそんな母親を見るのがいやで「帰るから」といって席を立った瞬間、
母の様態が急変したそうです。
母は神様から罰を与えられて、脳の血管が切れたそうです。
血管が切れた場所は「間脳視床下部」で第三の目といわれる一番大切な場所を切られたそうです。

私は3年前から「気の學問」を学んでおります。
それは宗教でもなく、日本人が古来から寺子屋で学んでいた自然の法則や道徳を正しく教える學問です。
日本では聖徳太子に始まり、空海や坂本竜馬や明治維新に関係した者たちが学んだからこそ、
神様が助け、明治維新となったそうです。
戦後GHQが日本人を恐れるあまり、日本人の本質をさぐったところ「気學」イコール「武士道」があるから
強い日本人がいたことにたどり着いたそうです。
そこで、ただちに日本人からこの気學を抜き、アメリカが好きになるような「植民地支配」を展開してゆき
現在のおかしな日本人が戦後六十数年にして作られたのだそうです。
気學では間脳視床下部は人間の過去(前世)の記憶をすべて保存している大切な部位なのだそうです。
その前世や前前世(何回生まれ変わってきているかわかりませんが?)の数知れない記憶を
間脳視床下部がすべて記憶して保管をしているのだそうです。
気學ではこの過去の記憶を呼び起こして、今の私の人生にプラスとして生かすことを学んでいます。
だからこそ現在の私の仕事であるいじめ虐待の防止は過去の世から受け継がれてきた、私の天命なのです。
それが分かると自身の人生の未来が全て分かります。
そして自然が全て見方となって私を支えてくれるのです。
虐待の問題はこの世で始まる以前からの問題だと私は考えております。
前世で私が母親をいじめたからこの世で仕返しされている?とんでもない!
虐待を受けている人は、前世も素晴らしい生き方をしてきたからこそ、この世で虐待の問題に直面しているのです。
そのことを多くの方々に知っていただきたいと思い、ダルメシアンの3ヶ月に一度開催しているフォーラムで、
気學を学べる場所にしているのです。
それも無料でです。
少し話しはそれましたが、母はそれだけ大罪を犯したからこそ、神様が前世の記憶を全て抹消されたのでしょう。
なんて怖いことでしょう。
だからこそ私は母の死をプラスに生かしたいと思いました。
今では残された実家の父や兄たちに対して憎しみなどは一切ありません。
むしろ彼らがいてくれたおかげで今の私があります。
改めて残された家族を見たとき、彼らこそが苦しみの渦中にいたのです。

父親は幸せになれるものならば、今からでも遅くないのならば私のカウンセリングを受けたいと申し出てくれました。
その結果、父は80歳にしてとても素直なカワイイ父親になりました。
むしろ私の息子のようになっております。
幸せとは何だったのか?ほしかった愛情とは?今父は全てが手に入りました。
そんな父親の姿を見て思うことは、年齢なんて関係なく、本人の気持ち次第ですさんだ心もすぐに変えられるということです。
これからが私も残された実家の家族も本来のあるべき家族となって幸せになる「時」なのです。

岡田ユキ

5月 04 2010 12:09 pm | 伝えたいこと

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