報道による説明不足が、事件の引き金に繋がることを知ってほしい!

先日「バンキシャ(日テレ)」で、虐待死の報道がありその中で事件の検証をやっていました。
いつものように事件を犯した母親を非難して、その母親も幼少期に虐待を受けて育ったために『虐待の連鎖』による事件と報道されていました。

より「虐待の連鎖」を証明するためにある親子が映し出され、その母親がやはり過去に虐待を受けて育ち、自分も子どもを「虐待していた」とVTRの中で話していました。
理由は「愛されている我が子に自分が嫉妬をし、うらやましくなるから虐待をしてしまった」と、話していました。
親子の顔にはモザイクがかかり、子どもは勉強机に座ってカメラには背を向け、とても「暗~い」シーンが印象的でした。
その後VTRが終了と同時にカメラはスタジオのコメンテーターに移され、もと判事が『子育ても分からない奴が子供を産む資格はないんだ!』と、怒った顔でコメントしていました。
そしてこのコメントが締めとなり、虐待死事件の報道は終了、次のテーマに移りました。

私は「またか?」と、思いながらも、自分達が忙しいのもこんなテレビ報道の「間違い」(不足)によるためなので、だまってはいられずに即、日テレ・バンキシャの担当者に電話を入れました。
「確かに事件を起した母親は悪いが、その後過去に虐待を受けて子どもに虐待をしたあの親子のVTRは何のために必要だったのか?」と、私は尋ねました。
すると担当者は、「虐待死を起こした母親に対して事件の真実を報道した」と言うので、「私はそれを問題にしているのではなく、その後過去に息子に虐待をしていた母親の映像と、コメントに何の意味があるのか?」
すると担当者は、私の言葉の意味がわからなかったようなので「貴方たちは簡単に虐待報道をしているが、とんでもない間違いをしていることに気付いてほしい」と、説明をしました。
「虐待の連鎖は同時に、メディアによっても多くの虐待を受けた人間に、虐待の連鎖を学ばせている」と、言うと、相手はまたしても理解できなかったようで「だからVTRに出てきたお母さんは、現在は我が子に虐待せずに虐待の連鎖を断ち切り、立ち直っているのか?」
と、尋ねると「はい、立ち直っています」との回答でした。
私はそこで、「ならばなぜ、そこまでの映像を出して良い実例として、虐待の連鎖を断ち切った人間がいる、と、いうことを映し出さないのか?」

それらの説明をして初めて気が付いたようで「そこまでを映し出せば問題ないのか?」と聞いてきたので「そうです。それが一番大切なことであのVTRを流す意味があるのでは?もう少し報道する立場としてテレビは学びの場なんだから作る側がそのような自覚を持ってほしい。そして、虐待事件を報道する際に本当に、この内容ならば悪影響がなく、番組を見た人が希望を持てる内容になるのか?ということを真剣に考え、制作サイドがしっかりと虐待の本質を学びその上で、制作して放送に臨んでほしい」と、お願いしました。
「では、今回のVTRによって虐待を受けた人にはどのような悪影響があるのか?」と聞いてきたので、私は「虐待を受けた人は連鎖は断ち切れないと、映像によってより断定してしまっているので、自分たちには希望は見出せないように感じた」と、いいました。
担当者は若そうな女性でしたが、私の返答に少しは理解してくれたようで、「この意見を参考に今後は気をつけて制作できるように心がけます」との言葉を頂いて電話を切りました。

昨日(3月26日)も岡山県で大変恐ろしい事件が起こりましたが、その報道の不足によって模倣事件が起こらないことを願いたいです。

3月 30 2008 06:08 am | 伝えたいこと

Trackback URI | Comments RSS

Leave a Reply

You must be logged in to post a comment.