2011/1/23 日曜日

キナバルへの旅(5)~登頂証明書をゲット!さらば、キナバル山!~

Filed under: 旅行記 — aHS 中村俊哉 @ 1:01:51

【四日目:2011年01月02日 後半】 

 8:30にペンダントハットに戻ってくると、下山に向けての出発は9:30と告げられた。

 ジェリーは「ラバンラタで買い物をするなり、自由にするといい」と言ったが、ラバンラタ・レストハウスでは土産物などは売ってないようだし、買い物は、山を下りてから、公園本部の売店ですればいいと思い、ペンダントハットで朝食を取って、ちょっとゆっくりすることにした。

 朝食は小屋のいかつい兄ちゃんが作ってくれるという。

 部屋で待つこと5分と掛からずに、用意が出来たと呼ばれ、ラウンジに行くと、ゆで卵とソーセージが皿に乗せられていた。

 これにセルフでトーストを焼き、サバティー(コタキナバルのあるサバ州ではよく飲まれているお茶)をティーカップに注ぐ。

 簡素だが、山小屋では十分な食事だ。

 電源を借り、余命幾ばくもなかったデジカメの充電も完璧!

 9:30を回った頃、ジェリーがやってきて、麓へ向かって、いざ出発。

下り道

 熱帯雨林の気候は変わりやすい。外は快晴だ。
 暑くなって、ダウンジャケットとパーカーを脱ぐ。
 だが、午後から再び雨が降る予報だという。

 雲海を挟んで向こうに見えるのは、ボルネオ島第2の高さを誇るトラス・マディ山だ。(標高2,642m)

 この日の下り、実は左足の爪先がかなり痛かった。
 段差を下りる時、トレッキングシューズと爪が当たり、負荷が掛かるため、爪の中で内出血していたのだ。

 そのため、向きを横にして足を下ろすなど、爪先を庇いながら、進む私。

遥かトラス・マディ山を望む

 周囲の景色も段々と変わっていく。

山道

 帰り道もジェリーはウツボカズラの生息地を教えてくれた。

 私がイベントで写真を使いたいということを知って、俄然意気込み、登山道を外れ、崖下や密林へと分け入っていくジェリー氏。(笑)

 私も後を追うが、一歩踏み外せば、転落は免れないような、道なき道にヒヤリ。

 その甲斐あって(?)、巨大なウツボカズラをカメラに捕えることが出来た。

 3…2…1…、これだ!(笑)

巨大ウツボカズラ

 ピッチャープラントとは言え、中には虫の死骸が浮いていることもあるので、筒の水は飲み水にはならない。

ウツボカズラの中

 キナバル山には、黄色いシャクナゲなど綺麗な花も咲いていた。

黄色いシャクナゲ

 爪先の痛みも結構酷くなってきたため、シェルターで休み休み、行く。

 下りのシェルターでは、日本語が堪能な韓国人のおばちゃんと知り合いになった。

 大分標高も低くなり、スタート地点のティンポホンゲートまであと少し!

キナバル山ティンポホンゲート付近

 最後の階段をクリアし、ゲートを開く!
 13:00過ぎ、遂に地上に帰ってきたのだ!

 ゲートを出て少しいったところで、エリーがワゴンで待っており、笑顔で出迎えてくれた。

 ワゴンの中で渡された封筒に入っていたのは…

キナバル山登頂証明書

 登頂証明書だった!

 私は登り切ったため、これには色が付いているが、途中の山小屋で引き返すと、もらえるのはモノクロの証明書になるそうだ。

 幸いにも、私が知り合った日本人は皆登頂に成功したが、キナバル山に入る人間のうち、頂上まで行くのは10%程度だという。

 何にせよ、この証明書は自分の成し遂げたことの成果として、大いに励みになった。

 公園本部で、ジェリーとの別れの時がやってきた。

 彼は「今回撮った写真を持って、また来てくれ」なんて言っていたが、正直なところ、それが可能かどうかは分からない。
 だが、私はこのキナバルが気に入った!
 「また会おう!」と、ガッチリ握手を交わし、別れる。

 土産物屋では、自分用にTシャツとブックマークを買った。

 そして、ワゴンに戻ると、エリーが「ホテルに戻る前にどこか行きたいところがあるか?」と訊いてきた。
 日程表には「下山後は、キナバル公園内バルサムレストランにて昼食」とあったので、レストランに行ってくれと頼む。

 だが、着いた先は別のレストラン。

 ウェンディーツアーから、ちゃんと説明が行ってないようだ。。

 エリーに日程表を見せ、説明すると、公園本部まで戻ってくれた。

 公園本部前に下り坂があり、バルサムレストランはその下にあった。
 店員に予約番号を伝え、席に着く。

 メニューを眺めながら、席で待つが、待てど暮らせど注文を取りに来ないので、先ほどの店員に聞いてみると、ビッフェ形式とのことだった。

バルサムレストランの食事

 写真の料理をたいらげ、その後、もう一度、おかわりに席を立つ。

 ドリンクはマレーシアで流行っている(?)「100 PLUS」という炭酸飲料を頼んでみた。
 サイダーみたいなものだ。

 そうこうしているうちに、登山で知り合った他の日本人たちがレストランに入ってきたので、合流して、一緒のテーブルで食べることになった。

 ここで初対面となった若夫婦がいたのだが、二人は大学の登山部出身で、あちこちの山を登りまくっているそうだ。
 旦那さんのみ今夜の便で帰り、明日朝、日本に着くと、そのまま会社に向かうそう。
 さすが登山部、体力が違うな。。

 私はエリーを待たせていたので、皆に別れを告げ、ワゴンに戻る。

 行き同様、帰りも一人でホテルに向かうのかと思ったら、途中、中高生くらいの女の子が二人乗ってきて、私の後ろの席で横になり、ゴロゴロし始めた。
 エリーの知り合いのようだが、こういう公私混同なとこがマレーシア人気質か。。

 そう言えば、ジェリーを始め、登山ガイドの皆さんも、登下山の途中、携帯でしょちゅう友人と(?)話してたっけ。f^_^;

 17:30頃にはTune Hotels.com 1Borneo Kota Kinabalu Hotelに戻ってきた。

 コタキナバル市街地の観光は到着日に楽しんだので、今日はホテルに隣接したボルネオ島最大のショッピングモール「ワン・ボルネオ」に繰り出してみた。

 友人や家族に土産を買って帰るという重要任務も残っているしね。

 「ワン・ボルネオ」に入ると、いきなり、黄金の龍が御出迎え。

ワン・ボルネオの謎の龍

 インフォメーション・カウンターを挟んで、反対側には、グリフォン(?)のような黄金像も建っており、さすがエアアジアで財を成したトニーの経営するモールだけあると、妙に納得。(笑)

 年が明けても、クリスマスのデコレーションが。↓

ワン・ボルネオのクリスマス・デコレーション

 「ワン・ボルネオ」内には300ものテナントが入っているというだけあって、結構広い。

 コタキナバル市街地で入ったモールに比べても、立派な造りだ。

 ここで何点か土産を買い、パールティーのようなドリンクを買って、飲む。

 明日の朝は6:00の便でコタキナバルを発たなければならないため、ホテルに戻ると、この日も22時前には就寝。

 「キナバルへの旅(6)」に続く!

2011/1/21 金曜日

キナバルへの旅(4)~悲願の登頂!標高4095mの世界!~

Filed under: 旅行記 — aHS 中村俊哉 @ 1:19:46

 この日は今回の旅で最も長い一日だったため、二回に分けて、お送りします。(笑)

【四日目:2011年01月02日 前半】 

 深夜2時、携帯電話のバイブレーション機能で目が覚める。

 支度を終える前に、ジェリーが私の部屋にやってきて、声を掛けてくれた。

 こんな真夜中に出発するのは、山頂より御来光を拝むためで、キナバル山に上る人のほとんどがそうする。

 小屋のラウンジ(と言っても、居間程度のものだが)でトーストを一枚焼いて、食べる。
 次に口にものを入れることが出来るのは、登頂して下山し、この小屋に戻ってきてからになるだろう。

 2:45頃、ペンダントハットを出発。
 当然、何の明かりもない、山中の深い森の中。
 トーチ(懐中電灯)を頼りに進む。

 「山の下の方はジャングルだが、中腹辺りから植物はなくなり、岩ばかりになる。」
 そう言ったジェリーの言葉通りの景色に、周囲は段々と変化してきた。

 勾配も急になり、両手でロープを掴み、足で踏ん張って、上っていかなければならない場所も出てくる。

 その際、トーチをポケットにしまうよう、ジェリーに言われた。

 が、上っている途中、ロープがポケットに当たり、押し出されたトーチが岩場を転がり落ちてしまった!

 幸いにも下方にいたジェリーが受け止めて、後から上ってくる登山者にぶつかることはなかったが、この衝撃で私のトーチは壊れて、点かなくなってしまった。

 さすがにこの真っ暗闇の中、危険な岩場を灯りなしで進むことは不可能なので、ジェリーは装備していたヘッドライトを貸してくれた。

 彼のライトを頭に付け、進む私の後ろを、ジェリーが付いてくる。

 途中、小屋があり、中にいる係員に、ランプの明かりにかざして、自分のパスカードを見せる。
 登頂証明書を発行してもらうために、チェックポイントでの確認が必要なのだ。

 彼方に見える空を目指し、この世の果てのような岩壁を進む。

 空気は冷たくなり、風も出てきた。
 体力も限界に近い。

 そんな中、前方の登山者が立ち止まっている。
 何かあるのだろうか?

 不意にジェリーが「ここが標高4,095m、ロウズ・ピークだ。」と教えてくれた。
 暗闇の中を無我夢中で進んできたので、分からなかったが、いつの間にか最も高い場所に到達していたのだ!

 かくして、5:39、遂に登頂成功!

 途中、2時出発の先発組を追い抜き、私は3組目の登頂者となっていた。

ロウズ・ピークにて

 これはジェリーに撮ってもらった写真。

 右の看板には「ロウズ・ピーク 4095.2m」の文字が入っている。
 頑張って、看板の背後に回ったが、冷たい風が吹き付け、立っているのも辛い。

 だが、暫くの間、ここで他の登山者の到着と周囲が明るくなるのを待たなければならない。

朝焼け

 少しずつ空が色味を帯びてくる。

少しずつ明るくなっていくキナバル山頂

 残念ながら、雲に遮られ、日の出は見られなかったが、眼前に現れたのは驚くべき光景だった。

ロウズ・ピークからの眺め

 眼下に広がるサウス・ピークの威容。

サウス・ピーク

 これは落ちたら、即死だな。間違いなく。

落ちたら、即死!

 山頂は奇岩の大地だった。

 地上では見たこともない、岩山が林立する。
 ここは花崗岩に覆われ、植物はほとんど生育しない。

奇岩の大地

 この日、登頂を果たしたのは、正月ということもあり、ガイドも含めると50名ほどだった。

 山頂の光景を一時間程度楽しみ、下を山りる。

岩山群

 途中、掴んだロープがしっかり固定されてなくて、大きく振られてしまい、反対側の岩場に激突!頭を強く打ちつけてしまった。

 その拍子で登山帽は飛んだが、それが衝撃を吸収してくれたのか、幸い、大事には至らず済んだ。

 激突の瞬間を見ていなかったジェリーだが、その後のふらついている私を見て、「OK?」と声を掛けてくる。
 私は、恥ずかしいやら心配を掛けたくないやらで、「OK!OK!No Problem!」と精一杯の笑顔で答える。

 そんなジェリーは私の写真を沢山撮ってくれた。
 どうやら、日本製のデジカメが気に入ったようだ。(笑)

岩山と私

 4月のイベント(テラクリ)でキナバル山の写真を展示しようと思っていると言ったら、俄然張り切るジェリー氏。(笑)

ロープを伝って下山(1)

 急な岩壁はロープを伝い、順番に下りる。

ロープを伝って下山(2)

 下から見ると、こんな感じ。

 危険なポイントでは慎重に進む必要があるため、どうしても渋滞になってしまうが、ここはやはり安全第一だ。

 8:30には何とかペンダントハットに帰還。

 一時間の休憩の後、麓まで下りることになる。

 「キナバルへの旅(5)」に続く!

2011/1/18 火曜日

キナバルへの旅(3)~新年の挑戦!死者の聖地キナバル登山!~

Filed under: 旅行記 — aHS 中村俊哉 @ 5:32:08

【三日目:2011年01月01日】 

 今日はいよいよ、今回の旅の目的であるキナバル山に挑む日。 

 朝は5:30に起きて、支度を始める。

 待ち合わせの6:30をちょっと過ぎ、慌ててホテルから出ると、ワゴンが一台停まっており、おっちゃんが私を待っていた。

 彼の名はエリー。

 キナバル登山を申し込んだウェンディーツアーが手配してくれた運転手で、山まで私を連れて行ってくれる。

 キナバル山に入るには、現地ガイドの同伴と山小屋の手配が必須となる。
 登山道が整備されているとはいえ、危険な個所もあることと、一日で頂上まで行くのは難しいためだ。

 また、登山ガイド料と山小屋の宿泊費の他に、入山料・登山許可料・登山保険料・登山証明証などもかかるため、近所の山に上るように手軽なものではない。(笑)

 エリーは「私も一緒にキナバル山に行く」と言っていたので、最初、私に付いてくれるガイドなのかと思ったが、そうではなかった。

 ワゴンで一時間半ほどかかってキナバル自然公園本部に着くと、エリーが事務所で手続きをしてくれた。

 公園本部よりキナバル山を望む。↓

公園本部よりキナバル山を望む

 ちなみに、右下の下半分が緑色に塗られているワゴンが私が乗ってきたもの。

 キナバルとは、この地に古くから住むカダザン・ドゥスン族の言葉で「死者の聖地」を意味する。
 彼らの間では、人が死ぬと、その霊魂がキナバル山へ昇ると信じられてきた。
 毎年、彼らの長老は、山の神に7羽の鶏を捧げて、人間が山に入る許しを乞い、安全を祈願しているそうだ。

 エリーはヴィアフェラータ(ロープを頼りに岩の絶壁を進む、ヨーロッパで人気の競技)の事務所に入っていったので、ちょっと嫌な予感がしたが、とりあえず、言われた通りに入口で待つ私。

ヴィアフェラータ

 手続きを終えたエリーから、名前入りのパスカードが渡された。

パスカード表

 裏面には「写真以外は取らないこと。足跡以外は残さないこと」と書かれている。

パスカード裏

 事務所の紹介で、ジェリーという名のカダザン・ドゥスン族のガイドが私に同行してくれることになった。
 20代半ばだろうか。

 最初はちょっと取っつき難い印象を受けたが、話してみると、意外と気さくなお兄ちゃんであることが分かった。

 登山道はこちら

 9時を回り、パワーステーションと呼ばれるティンポホンゲートから登山道に入ると、まずは熱帯雨林のジャングルの中の道を進む。

 最初は比較的なだらかな道が続いた。

 幾らか進むと、シェルターと呼ばれる休憩所が見えてきた。

第2シェルター

 このシェルターは本日の目的地である山小屋までの間に7箇所立っており、そこで休憩を取ったり、トイレを使用出来るようになっている。

トパイ

 シェルターには時折、「トパイ」と呼ばれるリスの一種(?)が姿を現す。
 なかなかに人懐っこいが、カメラを構えると逃げてしまう。(笑)

 第5シェルターを過ぎた辺りから、山道は急な岩道に変わっていき、両手を使わなければ上れないほど、段差が激しい場所も。

キナバル山道

 また、この辺りから雨が降ってきた。
 レインコートを持ってこなかった私は、とりあえず、耐水性のダウンジャケットを着るが、ズボンに水が染みて、冷たい。

 登山リュックに掛けるカバーもなく、荷物もずぶ濡れになってしまうかと思ったが、幸いにもリュックは耐水性だった。(笑)

ウツボカズラ

 キナバル山の有名な食虫植物ウツボカズラ。学名:Nepenthes(ネペンテス)。

 現地の人にはピッチャープラントと呼ばれている。
 袋の部分には消化液が入っており、所謂落とし穴式で虫を捕らえるようになっている。

小さなウツボカズラ

 中には小さなウツボカズラも。
 全長1~2cm程度で、これくらいだと食虫植物もかわいい。(笑)

  途中のシェルターでは、何人かの日本人登山者とも出会う。
 情報交換をしたりしながら、お互いを励まし合い、山小屋での再会を期して、別れる。

 他の登山者もそうだが、私もキツイ岩場の連続で段々と足があがらなくなり、終盤は休み休み、何とか歩を進めた。

 14時過ぎ、目的の山小屋ペンダントハットに到着。

 実はこのペンダントハットはヴィアフェラータ競技者専用の小屋であり、ウェンディーツアーからこの小屋を手配したと連絡があった時から、私もこの競技に挑まされることになるのでは…という危惧があった。

 なので、道中、ジェリーに「私はヴィアフェラータの競技者ではないので、普通の登山がしたい。」と訴えた。

 すると、ジェリーは私がてっきりヴィアフェラータに挑戦すると思っていたようで、最初、驚いた顔をしていたが、山小屋の事務所で変更の手続きをしてくれた。

 とりあえずは一安心だ…。f^_^;

 本格的な登山も初めてなのに、ヴィアフェラータなんぞやったら、死んでしまうわ。(笑)

 下はペンダントハットの部屋。

ペンダントハットのドミトリー

 写真では分からないかもしれないが、この部屋には8つのベッドがあり、それぞれに寝袋が設置されていて、それに入って眠る。

 小屋には暖房設備もないため、寝袋を使わないと、寒くて眠れたものではないのだ。

 5つある山小屋の中でも最大のラバンラタ・レストハウスのVIPルーム(3部屋のみ)を除き、全てがドミトリー(相部屋)で、ベッドの上だけが自分の空間だ。

 この日、私はヴィアフェラータに挑戦する屈強なヨーロッパの青年二人と相部屋となった。

山小屋からの景色

 上の写真でうっすらと右上に見えるのが、ラバンラタ・レストハウス。

 こちらに移動し、ビッフェ形式のレストランで、夕食を取った。
 他の日本人登山者とも再会し、話に花を咲かせる。

 明日の分の水を買い、ペンダントハットに戻ると、iPodで少し音楽を聴いた。

 ShiinaTactixの「THRILL VANGUARD」とjdkBANDの「LEGEND OF THE FIVE GREAT DRAGONS」「way of life」。
 登頂に向け、とりあえず、パワーをくれそうな曲を。(笑)

 明日は夜中の2:30にジェリーが迎えに来る。

 2時に起きて、支度を始めねばならないので、この日は20時過ぎには眠りについた。

 「キナバルへの旅(4)」に続く!

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