2009/2/25 水曜日

アカデミー賞☆

Filed under: 芸術 — 正則 @ 15:58:56

おめでとう! 日本初の外国語映画賞☆☆

いや、めでたい! いくら邦画嫌いといえども、映画を愛するものとしてはこの受賞は喜ぶべき価値のあるものだ。できれば自分が受けたかったが(笑)、いたしかたない。

この受賞で思うことがいくつか。

①アメリカと日本の関係も味方につけた、強運の受賞。

アカデミー賞は世界の誰もが憧れる賞であると同時に、多くの思惑がうごめくアメリカならではの賞であるということで、裏では現在の経済情勢すら影響する。アメリカ映画最大のマーケットである日本を今大事にしないわけにはいくまい。映画に投資する資本家は、日本経済に敏感なはずだ。

かつてアメリカは、力で芸術の分野すら操っていた。外国語映画賞がうまれたのも、本家アメリカ映画をしのいでフランス・イタリア作品がアカデミー賞を総なめしたのを受けて、こりゃヤバイと思って1947年から設けられたもの。

言わずと知れたレッド・パージはアメリカの負の遺産である。映画への投資家たちはどんな思惑を描いて会話を交わしていたことだろうか…。

②日本のマスコミの週刊誌化

いろいろな事件や報道がされるたび、新聞も含めマスコミが視聴者にかたより低俗週刊誌化してきたと益々思わされた授賞式だった。俺が知らないのか、知るための努力がなかったのか、短編アニメでオスカーを受賞した加藤久仁生監督って誰だ! 彼は受賞しなければ、ずっと知られない人だったのだろうか…。マスコミ関係者の方、情報を優劣つけずにきちんと一般人に提供するのがお仕事でしょ。お願いしますよ。賞をとってから追っかけるのをちょっと考え直し、文化や芸術を幅広く人々に伝えて下さいね。お願いだから。

③日本アカデミー賞の意味

マスコミが賞を中心とする情報に偏る傾向と同じく、賞と現実がマッチしないのが日本アカデミーでしょう。賞をとるというのは誠に素晴らしいことではあるが、じゃあ賞をとったらどうなるのか。ここが問題だ。僕はたまたま居酒屋の店主でアカデミー照明賞をとった人物を知っている。さぞや照明の仕事で忙しいだろうに、居酒屋まで経営して大変だろうにと話を聞くと、いやいや、変にアカデミー照明家だなんて肩書きがつくとちょっとした作品では使えないと周りが思って、かえって仕事が激減してしまったそうだ。つまりギャランティの問題でへたに仕事を頼めないらしい。日本らしいなぁと思った。氏は別にいい作品を創りたいだけで頑張ってきたのに、日本の芸術の分野の様相は諸外国と違っている。だから日本の場合あまり賞に意味がないと思ってしまうのだ。意味があるのは、俳優さんだけかな…。表の顔だけで判断して映画館に足を運ぶ観客のために、日本のアカデミー賞で意味を成すのは、主演男優、女優賞くらいのものかな。悲しむべき鑑賞眼のない日本人。

ロマン・ロラン曰く、芸術とは民衆のレベルに落とすものではなく、民衆を引き上げるものでなくてはならない。

どうか本物の賞というべきアカデミーに成長して頂きたい。映画を愛するものとして。

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